産経新聞ソウル支局長 加藤達也(かとう・たつや)

韓国社会で黙殺される米軍慰安婦


 朝鮮戦争の休戦後、在韓米軍基地の近くに「基地村」と呼ばれた売春街が設けられた。そこで米軍を相手に売春をしていた韓国人女性122人が6月25日、韓国政府を相手どった訴訟をソウル中央地裁に起こした。原告女性らは「米軍慰安婦」として韓国政府の厳しい管理下に置かれ、人権を侵害された―などと主張し、一人あたり1000万ウォンの国家賠償の支払いを求めたのである。

 原告女性を支援する団体によれば「米軍慰安婦」による国家賠償請求訴訟は初めて。ニュースバリューは高いはずだった。今まで日本の慰安婦問題を世界中に喧伝してきた韓国にはブーメランのように自らに返ってくる問題でもある。

 日本に対して「慰安婦」の強制動員を認めて謝罪せよ、と執拗に求めている手前もあり、韓国は「女性の性的搾取」を容認しない姿勢を世界に見せてきてもいる。
こうしたことから今回の提訴には高い関心が集まるのではないかとみる向きもあった。だがこの提訴は韓国社会からほぼ、黙殺された。

 メディアでは左派系のハンギョレ新聞が7月5日、仮名で「キム・ジョンジャ」と名乗る原告の一人にインタビューして大型のカバーストーリーとして伝えたが、通信社の聯合ニュースは提訴当日の記者会見を淡々と伝えた程度だった。

韓国の主要メディアはなぜこの問題を黙殺したのか?


  国民は「日本軍」による「従軍慰安婦」問題に対するときのようになぜ、沸騰しないのか? それは韓国にとって「不都合な秘密」(ハンギョレ新聞)だからだ。
 ある野党系の国会議員のスタッフはいみじくも、こう言った。

 「くさい物にはフタ、ですよ。この問題を突き詰めると朴正熙元大統領の責任論につながり、ひいては娘である朴槿恵大統領の政権の正統性にも関わる問題なのです。騒げば、韓国社会がかつて、様々な事情から売春をせざるを得なかった女性に米軍兵士の性欲処理を押しつけて切り捨てていたという目にしたくない事実が表面化してしまう」

 韓国政府にとって、今回の提訴は新しい問題提起では決してなかった。歴代政権は「米軍慰安婦」を知っていたし、「ドルを稼ぐ英雄」としておだててもいる。さらに、この問題が本格的に社会に訴えかけられてから10年以上が経過するのだが、左派政権当時も含めて問題の全面解決には至らなかった。


国会で示された米軍慰安婦の実態


 韓国国会は李明博政権末期の2012年10月と、朴槿恵政権となった後の13年11月の2回、国政監査で「米軍慰安婦」問題をめぐる政府の対応を取り上げている。

 質疑からは、1960年代に売春を法で禁じていた韓国政府が「米軍慰安婦」を例外的に・合法・的に管理し、最近まで、この問題に目を向けて来なかったという歴史的経緯が浮かび上がってくる。
      × × ×
 2012年10月26日。5年に1度の大統領選を約2カ月後に控える中、国会は元「米軍慰安婦」の支援に取り組む「ヘッサル社会福祉会」という団体の代表を招聘して意見を聴いた。

「米軍慰安婦」が「軍事独裁」政権下で始められたものであったため、この問題を国会で審議することが大統領候補の朴槿恵氏を牽制する意味があったことは間違いなかった。国会でのやりとりを再現する。

《左派系野党の民主党(現・新政治民主連合)議員が質問する》

 議員「淪落(売春)行為防止法が1962年12月に制定され、その時から淪落行為はできなくなったわけですが、合法的に基地村の売春が行われていたのはどういうことなのでしょう」

 代表「健康産業特別法という法律がありました。基地村に送られた貧しい女性は、基地村に到着次第、性病検診を受け、クラブで働くよう政府が煽りました」

 議員「国家的レベルで管理していた証拠はありますか?」

 代表「2008年に(ソウル近郊の)京畿道女性開発基金で実態調査と討論会を行いました。(米軍慰安婦だった)おばあさんの証言を基に討論会の資料を作成しました。そこに『国が関与した』という内容があります」

《議員は、政府機関がおばあさん(慰安婦)たちを対象にした集まりを毎月1回程度開き、愛国者と呼び、名簿を管理、運営していた証拠があったと述べ、さらに「米軍慰安婦」の管理に政府機関が関わっていた事実を紹介。「基地村」の問題が韓国南西部全羅北道の群山や南部の大都市・大邱などにもあることを指摘し、政府に質問をぶつける》

 議員「女性家族省でも今後は全体的な実態調査をしなければならないのでは? 女性家族相の考えはいかがですか」

 女性家族相「検討したいと思います。調査は簡単ではないと思いますが、以前に調査をした際には統計庁の承認も受けられず、といったようなケースもありました。さまざまな問題がありますが、一度内部的に検討してみます」

《野党議員は担当相から「調査する」との言質を取り付けて満足したのかいったん質問を終えた。代わって質問に立った与党議員は論点を「米軍慰安婦」たちの生活実態に絞って質疑を展開する》

 与党議員「現在把握されている米軍基地村被害女性は149人ですね」

 代表「調査で面会できなかった米軍慰安婦がたくさん存在しています。全国的な人数は分かりません」

《与党議員は「米軍慰安婦」が抱える最大の問題は何かと質問。代表によると慢性疾患や(低収入による)生活苦、住居問題に直面している実態を吐露した》

 代表「(元米軍慰安婦は)クラブでウエイトレスや掃除などをしている人もいますが、ほとんどはなにもしていません。生活保護を受けられない人もいます。全身の調子が悪く10回、15回と手術を受けた人も…」

 野党議員「その方々にお子さんは」

 代表「ほとんどは養子に出しています。ハーフの子もいますが、苦労しています。自殺した子もいます」

 野党議員「(基地村で活動していた)当時、女性らの間では性病が多く、薬物の問題も多かったのでは。平均寿命は短いのでは」

 代表「2002年以前については分かりませんが、それ以降では19人が亡くなりました。平均65歳ほどです」

 野党議員「当時、モンキーハウスと呼ばれる治療所兼監禁所があった時期もありました。いろいろ、国家がしたことについては、どの政権とかいつの時代とかは問わず、時間が経っても責任を取らなければならないと思います」

 《野党側は「国家の責任」を追及する必要性を強調し始める。別の野党議員は審議を締めくくるにあたり、韓国の政権と米軍慰安婦の関係について質問を始めた》

 野党議員「1962年12月、淪落行為防止法が制定されたにもかかわらず、平澤という巨大都市に米軍部隊が入り数千人の女性が売春するため、そこ(基地村、対米軍売春施設)に向かいました。そこで売春が合法的に管理されていたという証言があります。67年、東豆川の(売春)クラブで、外貨が40万・ありました。当時、韓国の輸出額は4000万・でした。ところが皮肉なことに、基地村で一生を送り、残ったものは朽ち果てた体しかない人々に、政府は一銭も支援できないといいます」