影山貴彦(同志社女子大学情報メディア学科教授)

 紅白歌合戦は「特別」な番組である。

 1951年の第1回目の放送から数えて、今年2015年で66回目の放送となる。1年に1度の放送のはずなのに、回数が1回分多いのでは?と気づいた読者がいるかもしれない。

 実は1953年には、第3回の1月2日、第4回の12月31日のあわせて2回、紅白歌合戦は放送されているのだ。現在「大晦日」に放送される国民的番組として知らない人はいない紅白だが、第1回目から第3回目まで「正月番組」であったことは興味深い。

 ちなみに過去の最高視聴率と最低視聴率を記しておくと、最高は、第14回(1963年)の81.4パーセント、最低は第55回の39.3パーセントであった。視聴率はいずれもビデオリサーチの調査による関東の数字である。細かいことを申せば、ビデオリサーチの設立は1962年の9月なので、それ以前の紅白の視聴率はわからない。もしかすると80パーセント後半、90パーセント近かったかもしれない。

 ここ数年は40パーセントを少し超える程度の視聴率で推移している紅白である。過去の視聴率と比較して、勢いの衰えを主張する向きもいるようだが、時代の流れ、視聴者のテレビとの向き合い方の変化を考えれば、紅白は視聴率の高さひとつをとっても驚異的な存在で、今も変わらぬ「お化け番組」であり、「特別」な存在であることは間違いないところであろう。

 民放各局が多くの時間を割いて、その年の紅白の司会者、出場歌手などをニュースとして報道することもよくよく冷静に考えると「敵に塩」の行為なのである。けれどなぜかずっと当たり前のこととして捉えられ続けてきている。

 こうして「特別」な存在として扱われる紅白歌合戦を私は好意的に受け止めている。

 人々は、何かにつけ「特別」な対象に惹かれるものである。「特別」なものは「特別」なものとして存在し続けることによって、大衆は安堵するのだ。紅白を楽しみに観る人も、民放にチャンネルを合わせる人も、大晦日に限らず、普段からテレビを観ない人も、紅白歌合戦が66回にも渡り放送され続ける事を確認することは、歓迎すべきことなのである。
 
 1981年に公開された「駅 STATION」いう映画を覚えていらっしゃるだろうか。
映画「駅 STATION」の舞台、北海道・留萠本線の終点増毛駅前に立つ高倉健さん=1981年3月
 私は、高倉健さんが主演した映画の中でもっとも好きな作品である。刑事である主人公は、北海道の小さな町の小料理屋をたまたま訪れる。年末の30日、実家に帰省するための連絡船が欠航となったのだ。その店の女将を演じていたのが、倍賞千恵子さんである。訳ありの二人は互いの背景を多く語ることなく惹かれあう。船は翌日の大晦日も欠航となり、小料理屋のカウンターで二人は寄り添いながら紅白歌合戦を観る。それぞれに去来する思いを胸に秘めながら。10数インチの小さなテレビから流れるのは、1979年の紅白歌合戦、八代亜紀さんの「舟唄」である。