有田芳生(参議院議員)

 地下鉄サリン事件から20年が経った今年は、一つの区切りゆえに、メディアでは例年に増して特集が組まれた。オウム真理教による一連の事件も、こうして消費されていき、いまでは関心の中心が教祖の死刑執行問題に矮小化されていく傾向にある。オウム事件が日本社会に突きつけた問題は解決されることなく、21世紀が進んでいく。この社会はオウム真理教を生み、育てた土壌を掘り返すことなく、いわば眼を閉じたまま、問題の根源を見ないようにしてきた。編集部から依頼されたテーマはオウム事件で何が変わったかというものだ。たとえば日本中に監視カメラが増えたことなど、警察や社会による「異物」に対する過剰警備や監視をあげることができる。しかしわたしの思いは変化よりも「変わっていないこと」にある。見えない、見ようとしない世界に重要な問題が潜んでいるのだ。

オウム真理教の集会で信者を前に話す松本智津夫死刑囚=1990年
10月、東京・代々木公園
 まず捉えておかなければならないのは、オウム事件の歴史的意味だ。1994年6月27日の松本サリン事件を「予行演習」として起きた翌95年3月20日の地下鉄サリン事件とは、人類史においてはじめて都市部でサリンが散布されたことに注目しなければならない。ここからどう教訓を引き出すか。生物化学兵器への対策でもっとも機敏に反応したのはアメリカ議会だった。それに比べて被害当事国としての日本は、残念ながら鈍感だったと言わなければならない。警察当局による捜査は果断だったが、それ以外の多くの課題にどう取り組んだか。振り返って何かを示せるかといえば、犯罪に関わった信者の逮捕と裁判が大きく報じられたぐらいである。わたしの関心でいえば、信者の脱会に資するため、関係省庁連絡会議を設置したが、いつしか機能しなくなったことである。自然消滅だ。

 カルト問題の専門家たちが、全国の保健所を活用して、信者の脱会に対応しようと準備していたにもかかわらず、政府からの問い合わせはなかった。サリンを浴びた者の治療に使う解毒剤の備蓄もここ数年でようやく整備されつつある。先進国に比べて20年近く遅れているのだ。日本で起きた事件であるのに、各分野での対応はあまりにも遅いといわざるをえない。わたしがもっとも重視かつ危惧しているのは、カルト(熱狂集団)対策である。世間の多くはいまでもこう思っているだろう――オウム真理教に入った者は、特別な人間であって自分たちとは関係がない、実行犯は凶悪な事件を起こして逮捕され、判決も出たのだから、あとは死刑囚に対する刑の執行が終われば、すべて完結する……。この認識は完全に間違っている。

 結論からいえば、オウムに入った若者たちは、どこか遠い存在の特別な存在ではない。人生のそれぞれの課題を抱えながら、ふとした出会いでオウム真理教=カルトに入ったのだ。そして入信の動機を類型化すれば、いくつかの傾向がある。自分の体調を回復するためにヨーガの修行をする。足のO脚を改善したいという女性幹部もいた。教祖が宣伝のために利用した超能力を獲得したいという若者も多かった。自分が解脱し、信者を増やすことによって解脱者が増えていけば、この社会はよくなると思う幹部信者もいた。入り口ではそれぞれの動機から教団に入ったものの、組織の変質に伴い、凶悪事件の実行犯として出口を通過し、有罪判決をうけた信者たちがいた。