常見陽平(千葉商科大学 国際教養学部専任講師)

 古舘伊知郎氏のテレビ朝日系「報道ステーション」降板が発表された。ネット上では、ジャーナリズムの危機だとか、これで批評型ニュースがなくなるとか、圧力じゃないかなど、様々な意見が飛び交っている。物事の変化について、その背景や文脈を読むことも、権力の監視も大事なのだが、もう12年も務めたこと、古舘伊知郎氏の年齢ももう60代となっていることなどを考えると妥当だとも思う。

 ヤフトピに載ったスポニチアネックスの記事によると

「現在の契約が終了する来年3月いっぱいで出演を終了したい」と申し入れがあり、テレビ朝日側は契約更新を打診して慰留したが、最終的には「新しいジャンルに挑戦したい」という本人の意思を尊重したという。

とある。

 勘ぐるのも自由だし、健全な批判精神は大事なのだが、「日本のジャーナリズムはこのままでいいのか問題」と、古舘伊知郎氏というタレントのキャリアの話は分けて考えるべきではないか。そして、「日本のジャーナリズムはこのままでいいのか問題」をジャーナリズムに関わる人間が論じるなら、それは評論家でも傍観者でも一般市民でもなく、当事者なのだから権力に屈しないジャーナリズムを自ら実践しつつ、建設的な意見を言えばいい。
「報道ステーション」の降板が決まり笑顔で記者会見する古舘伊知郎氏=2015年12月24日、東京・六本木(斎藤浩一撮影)
 私はむしろ、古舘伊知郎氏が「報道ステーション」から解き放たれることの可能性に期待したい。彼の言う「新しいジャンルに挑戦したい」という一言がとても気になっている。最近、諸事情で(趣味のためではなく)プロレスに関する資料を買い漁って読んでいるのだが、その際、彼のプロレスの実況のことを思い出した。

 猪木がハルク・ホーガンのアックスボンバーを食らってベロ出し失神した際の

「ここで猪木コール、猪木コール!ここで猪木コールだ!渇き切った時代に送る、まるで雨乞いの儀式のように、猪木に対する悲しげな、ファンの声援が飛んでいる!」

などは、あまりにも有名だが(数々のプロレス本で、この結末というのは、誰も知らなかったそうで、古舘伊知郎氏はこのフレーズをとっさに考えたのだろうな、と思う。あるいはもともと考えていたフレーズが出てきたのか)、その他にも数々の名フレーズを生み出した。「人間山脈」「一人民族大移動」「過激なセンチメンタリズム」などの表現に、私は毎週興奮した。F-1の実況も当初、賛否を呼んでいたが、話題になったのは間違いない。

 その後の「報ステ」だが時に波紋を呼びつつも、彼はこのポジションでいいのかといつも考えていたりしたものだ。いや、プロレス実況とは違い、すっかり大人の古舘伊知郎氏になっていたと思うのだけど。そして、これで批評型ニュースがなくなるという意見もあるのだが、彼は古舘伊知郎らしい仕事を「報ステ」でどれだけしたのだろうというのが、私には謎なのだ。いや、たまにしか見ないからあれなんだけど。

 ベテランである彼が、これからどんな仕事をするのか、残りの人生で何をやるのかというのが気になっている。もっと言うならば、これは世の中全体の流れとも重なっている。高齢者の起業などが話題になる今日このごろ。私は「若者の可能性にかけろ」というもっともらしい言葉もいいのだけれども、このようなベテランが、余生で何を残すか(それこそ若い世代を応援することも含めて)ということに期待するのである。

 というわけで、残り約3ヶ月で「報ステ」において彼が何をするのかと、その後の彼に期待している。それこそポスト田原総一朗論争なんてものもあったわけだが、彼が急浮上する可能性だってある。いや、田原さんと同じことなどできないのだけど、存在として、大化けすることだってあるわけで。参議院選に立候補するという展開も面白い。

 ベテランに何かあるたびに、世の中終わった、昭和が終わった的なノスタルジーっぽい発言をする中高年を自分も含めて見かけるわけだけど、危機感、問題意識は大事だが、相手の気持ちと、自分のできることも考えようぜと思う今日このごろ。
お疲れ様でした!
「陽平ドットコム~試みの水平線~」2015年12月24日分を転載 )