学生時代、左翼運動にどっぷり浸かっていた経験を持つノンフィクション作家・佐野眞一氏は現在60年安保闘争当時、全学連委員長だった唐牛健太郎の評伝を取材中だが、SEALDs(シールズ=自由と民主主義のための学生緊急行動)に代表される昨今の大衆運動には、取材者としてまったく触手が動かない、と語る。一体なぜか。

* * *

 私の入った大学(早稲田大学)は学生運動が盛んで、私も入学と同時にある党派に誘われて入った。だが、すぐに内ゲバの季節に入った。左翼運動とはこんなものだったのか。その現実に幻滅して、自分の方から学生運動とは一線を引いた。

 その頃、昔の活動家仲間と喫茶店に入り、別れて外に出ると、救急車がその店の方に急行していくのが見えた。翌日の新聞に、活動家がバールで頭蓋骨陥没という記事が載ったのを見て震えがきた。それ以来、学生運動とは完全に決別した。

 これは大学卒業後のことだが、歴史学者の網野善彦の『異形の王権』を読んでいて、中世に流行した覆面と石礫は権力の及ばないアジール(聖域)に向かっての庶民のはかない抵抗ではなかったか、という記述にぶつかって心から驚かされた。

 覆面とはすなわちヘルメットや催涙ガス除けのマスクのことであり、石礫とは文字通り投石のことである。統治権力が及ばない世界に対しては、覆面で顔を覆って素顔を隠し、見えない場所から石礫でも投げる以外に憂さの晴らしようがない。なるほど、われわれ世代の学生運動は各地の成人式で暴れる若者とあまり変わらなかったのかも知れない。

 要するにわれわれの学生運動は、中世の抵抗運動と地つづきであり、大人になるためのイニシエーション(正式の社会人に承認されるための通過儀礼)の一種だった。そう思うと、学生運動も若気のいたりでやったとばかりは言えなくなった。

 それは60年安保闘争を闘った唐牛健太郎も、安倍総理の安保法制化に反対するSEALDsの若者も、あまり変わりがないのかもしれない。

ただ、唐牛健太郎の評伝をこれから発表しようとする者の立場から一言だけ言わせてもらえば、唐牛らが反対運動をしていた時代に生きた日本人には、歴史の等高線がしっかり刻まれていた。

 唐牛らが打倒を叫んだ岸信介は、単なる保守反動ではなく、戦前は満州国をつくり、戦後は巣鴨プリズン入りしても自説を曲げず、アメリカと対等な条約を目指した。そういう意味では腹の据わった政治家だった。

 唐牛を支援するフィクサーにはフィクサーとしての信念があり、左翼運動をぶっ潰そうとする右翼には日本の将来を憂える“国士”としての誇りがあった。それらの魅力的なバイプレイヤーたちがいるからこそ、唐牛の人生はノンフィクションとして書くに値する。そう私は信じて、いまも唐牛の足跡を追い続けている。

 それではSEALDsは、書くに値するノンフィクションになるだろうか。
国会内で記者会見する「SEALDs」のメンバーら=2015年11月6日
 即断は避けなければいけないが、直感で言えば、あまり面白い作品にはならないような気がする。それは彼らに魅力がないというより、彼らを取り囲む人々の世界に、歴史の等高線がなく平板だからではないか。これでは「物語」が生まれようがない。