松竹伸幸(ジャーナリスト、編集者)

 日本共産党(以下、共産党)の安全保障政策は矛盾に満ちている。それを説明しても、ふつうの人にとっては理解を超えているだろうし、右派に属する人から見ればお笑いの対象になるかもしれない。しかし、その矛盾のなかで苦闘してきた私には、共感できるところがあるのだ。その点を書いてみたい。

一、「中立・自衛」政策のもとでの矛盾と葛藤


社会党の「非武装・中立」政策は一貫していた
 マスコミのなかには不勉強な人がいて、護憲派というのは昔もいまも「非武装・中立」政策をとっていると考える人がいる。しかし、少なくとも90年代半ばまでの共産党は違った。共産党はみずからの安全保障政策を「中立・自衛」政策と呼んでいたのである。この二つはまったく異なる。というより、社会党が掲げていた「非武装・中立」への徹底的な批判のなかで生まれたのが、「中立・自衛」政策だったのだ。

 なお、この二つの政策は、「中立」という点では一致している。ここでいう「中立」とは日米安保条約の廃棄と同義語であった。安保条約があるから日本の安全が脅かされるのであって、それを廃棄して「中立」の日本を建設することが日本の平和にとって大事だという考え方は、いわゆる「革新派」にとって昔もいまも変わらない。「安全保障政策」といった場合、この日米安保をめぐる問題が共産党の主張の基本におかれているが、本稿で論じるのはそこではなくて、「それでもなお侵略されたときはどうするのか」という意味での安全保障政策であることをあらかじめ断っておく。

 社会党の政策は、ある意味、何の矛盾もなかった。憲法9条が戦力を認めていないわけだから、その9条を守って自衛隊をなくすというものだ。政策的にも「非武装・中立」が日本の平和にとって大切だという考えである。攻められたらどうするのだということへの回答は、「近隣の国々との間に友好的な関係を確立して、その中で国の安全を図る」ということであった。それでも日本に侵入されるような場合は、「デモ、ハンストから、種々のボイコット、非協力、ゼネスト」などで抵抗するという。その程度では侵入した軍隊に勝てないという批判に対する答は、「降伏した方がよい場合だってある」ということであった(石橋政嗣『非武装中立論』社会新報新書、1980年)。憲法への態度と安全保障への態度は一貫していたわけである。すごく単純だったともいえるわけだが。

 これに対して、共産党は、憲法を守ることも大事だが、国民の命を守ることも大事だと考えた。そして、その両者は簡単には合致することではないので、政策的にもいろいろな矛盾を抱え込むことになったのである。詳しく見てみよう。

共産党の2000年党旗びらきであいさつする不破哲三委員長。左端は志位和夫書記局長=2000年1月4日、東京・千駄ヶ谷(後藤徹二撮影)
共産党は「中立・自衛」政策
 共産党は、日本が対処すべき危険は二つあるとした。一つは、社会党と同様、安保条約があるから生まれる危険であるが、それだけではなかった。「もう一つは、これはいま現実にある危険ではないが、世界になんらかの不心得者があらわれて日本の主権をおかす危険、この両方にたいして明確な対処をしないと安全保障の責任ある政策はだせません」(不破哲三書記局長(当時)の日本記者クラブでの講演、80年)という立場をとったのである。

 それでは、日本の主権が侵された場合にどうするのか。まず、国家というのは自衛権を持っており、日本国憲法のもとでも侵略された際に自衛権を行使するのは当然だという立場を、半世紀も前に明らかにした。

 「(自衛権は)自国および自国民にたいする不当な侵略や権利の侵害をとりのぞくため行使する正当防衛の権利で、国際法上もひろく認められ、すべての民族と国家がもっている当然の権利である」(「日本共産党の安全保障政策」、68年)

 よく知られているように、憲法制定議会において、新憲法では自衛権が否定されたとする吉田首相に対し、共産党は自衛権の重要性を主張した上で憲法に反対した唯一の政党である。国家が自衛権を保有しているという立場は、誰よりも明確だったといえるだろう。

 では、侵略されたらどうするのか。まず、抽象的にいえば、「可能なあらゆる手段を動員してたたかう」ということである。

 「憲法第九条をふくむ現行憲法全体の大前提である国家の主権と独立、国民の生活と生存があやうくされたとき、可能なあらゆる手段を動員してたたかうことは、主権国家として当然のことであります」(民主連合政府綱領提案、1973年)

 このように、共産党の安全保障政策の基礎となる考え方の一つは、何としてでも「国民の命を守る」ということであった。社会党のように、「デモ、ハンストから、種々のボイコット、非協力、ゼネスト」で抵抗するとか、「降伏した方がよい場合だってある」などというものではなかったのである。「非武装・中立」に対する「中立・自衛」には、そのような意味が込められていたわけだ。