長谷川良(ウィーン在住ジャーナリスト)

 日本では「日本共産党」が勢いを増してきた。来夏の参議院議員選挙で共産党が議席を大幅に増やすのではないかと一部で予想されているという。

 日本では昔から共産党、共産主義に惹かれ、同党の躍進を願う人々が少数派だが存在していた。しかし、あくまでも進歩的文化人、知識人を自負する一部の国民に限られてきた。それがここにきて変わってきたというのだ。共産党の志位和夫委員長は安全保障関連法廃止を目指す「国民連合政府」を提案し、他の政党に連合を呼びかけている。共産党の甘い誘いに揺れる政党、政治家が出てきたというから、やはり問題視せざるを得ない。

 ウィーンは地理的に共産圏と民主圏との中間に位置していることもあって、旧ソ連・東欧共産政権を身近に目撃できた。ウィーンに国連専門機関を含む30を超える国際機関の本部、事務局が存在するのは偶然ではない。東欧共産政権の動向をフォローしてきた一ジャーナリストとして、共産党の実態について、少し述べたい。なぜならば、共産党を“誤解”している日本人が案外多いからだ。

 北アフリカ・中東諸国から多くの難民が“乳と密の流れる”欧州へ殺到しているが、オーストリアには冷戦時代、共産圏から200万人以上の政治難民、亡命者が収容された。だから、オーストリア国民は共産主義、共産党が如何なる政党、世界観を有し、国民を粛清、処刑してきたかを知っている。難しいマルクス・レーニン主義を理解していなくても、オーストリア国民は共産主義世界観の実態を目撃してきたのだ。

 日本の進歩的左翼理論家、大学教授が共産主義社会が国民の幸福を保障すると主張するが、それではどうして多くの国民が西側に逃げていったのか。極めて素朴な疑問だ。オーストリア国民は、書斎で共産主義思想を学んでいる日本の進歩的知識人と呼ばれる人たちより共産党の実態を知っているのだ。オーストリアにも共産党は存在するが、同党はこれまで連邦議会選で議席を獲得したことがない。当然だろう。

 日本共産党支持者は何を支持しているのだろうか。与党自民党政権への抗議という理由から共産党を支持することは無謀な行為だ。共産党は単なる抗議政党ではなく、明確な世界観、人間観を有している政党だ。そして共産主義が国民の幸せをもたらさないことは歴史が証明してきたのだ。
 当方は冷戦時代、旧東欧共産国を取材した。スロバキアで「宗教の自由」を訴える市民のデモ集会を取材していた時、治安部隊に拘束され、ブラチスラバ中央警察署で7時間尋問を受けたことがある。チェコでは共産政権に抗議してプラハ市民がゼネストのデモ行進を敢行した時、治安部隊が一斉に武力で強制解散に乗り出した。市民の中に潜入していた当方も棍棒を振り回して近づく治安部隊から逃れるために走った。

 小さな体験に過ぎないが、当方も共産党政権の実態を目撃してきた。繰り返すが、共産党政権下の東欧の国民は当時、日本国民が今当然のこととして享受してきた「言論の自由」、「結社の自由」、「宗教の自由」などを奪われていたのだ。

 日本共産党関係者が「われわれは違う」と弁明する。確かに、共産党は2004年、党綱領を改定したが、その中身は何も変わっていない。共産党の看板を先ず下ろし、党の「粛清の歴史」に対し国民の前で説明し、謝罪すべきだろう。多くの若者の人生を奪った党の歴史に対し謝罪すべきだ。戦中の旧日本軍の言動に対して謝罪を要求する前に、日本共産党は自らの過去を謝罪すべきだ。全てそれからだ。

 野党の中には選挙対策のために共産党と連携を深めていこうとする動きがあるという。危険な冒険だ。共産党の笑みに騙されてはならない。彼らは大人しく、従順な羊ではないのだ。

 「日本共産党脅威論は杞憂だ。労働者階級の政党と鼓舞する共産党系労組はその会員を失い、『日本民主青年同盟』は無力化してきた。青年党員は急減している。共産党の躍進は一時的な現象に過ぎない」と言われるかもしれない。当方もそれを願っている。