袴田茂樹(新潟県立大学教授)

 相次いで核問題の国際協議が難航、頓挫している。各国の平和への意欲が足りないからだろうか。日本人が目を向けたくない現実について語りたい。

冷徹な国際政治と核保有


 冷戦が終わった1990年代、欧州統合も現実化し、国家間の対立や紛争の時代は終わったという楽観論が支配的となった。これからは「文明の衝突」の時代だと述べたS・ハンチントンも、ウクライナと露の武力衝突はもはやあり得ないとして、ウクライナに核兵器(以下、核とする)放棄を促した。氏はまた、J・ミアシャイマーなどは「両国間の緊張関係はむしろ強まる」と見、ウクライナに核保持を提言している、として「リアリスト的考えに凝り固まった人たち」を憐(あわ)れみの目で見下している(『文明の衝突』)。

 少し前に私は本欄で、ウクライナに5万でも優れた装備と士気の高い軍があったら、その抑止力でクリミア併合もウクライナ東部の紛争もあり得なかった、と断言した。ウクライナが核を保持していたら、やはり同じことが言える。 1994年のブダペスト覚書で露、米、英など核保有国がウクライナの主権と領土保全を保証する代わりに同国に核を放棄させた。この保証は空手形に終わったが、今日のウクライナの事態に米、英などが強い責任を感じているふうには見えない。

 2003年にイラクのフセイン政権が核疑惑で欧米の軍事攻撃を受けて崩壊したとき、リビアのカダフィは震え上がって核開発放棄を宣言した。やがてカダフィ政権も革命運動と北大西洋条約機構(NATO)軍の攻撃で11年に崩壊した。善しあしは別として、カダフィ政権が核を保有していたら政権は存続しただろう。国際政治のこの冷徹な現実を考える限り、交渉で北朝鮮に核を放棄させることは、残念ながらほぼ不可能だ。

 今年3月からイランの核開発問題が同国と国連常任理事国プラス独によって協議され、4月初めに「枠組み合意」が成立した。これはイランの核開発制限と同国への制裁解除の交換取引で、最終合意は6月末だが、イスラエルの対イラン不信や米共和党内での強い批判もあり、合意の先行きは不透明だ。

日本は核廃絶を推進すべきか


 この5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議でも、イランやアラブ諸国が強く主張した「中東地域の非核化」問題で合意が成立せず、最終文書は成立しなかった。ちなみに同文書では、提案のあった「核禁止条約」構想も削除されていた。イランの首脳たちはイスラエル国家の存在そのものを認めておらず「地上から抹殺する」とさえ公言してきた。パレスチナ評議会で多数を占め、イスラエルでテロや武装闘争を遂行しているイスラム過激派のハマスも同様の主張を掲げている。イスラエルは核保有国とみられているが、中東地域の政治状況を現実的に考えると、イスラエルが中東の非核化に合意するとは考えられない。

 核兵器の恐るべき本質から見て、私は一部の国のみに核保有を認める今の国際秩序は不合理だと考えている。同時に、核保有国がなし崩しに増えている現状も強く懸念している。では、唯一の被爆国として日本は、核廃絶あるいはすべての国が加盟すべき「核禁止条約」を推進すべきか。しかしこれも、現実性がないと考える。

北朝鮮のミサイル発射に備え、防衛省に配備された地対空誘導弾パトリオット
(PAC3)=2013年4月16日、東京・防衛省(鴨川一也撮影)
北朝鮮のミサイル発射に備え、防衛省に配備された地対空誘導弾パトリオット (PAC3)=2013年4月16日、東京・防衛省(鴨川一也撮影)
 核は人類が発明した最強の兵器だ。ただ、人類社会を性善説で見ない限り、いったん発明された最強の兵器(現在は核)は削減はできても、次の3条件の何れかがないと原理的に廃絶は不可能だ。つまり(1)核より強力な兵器の発明(2)核を確実に無力化するシステムの開発(3)世界政府の成立、である。

 オバマ米大統領は09年4月のプラハ演説で、核のない世界を目指すと約束してノーベル平和賞を受けた。しかし彼はその時、非核世界の実現は彼の生存中は無理だろうとも述べている。私は彼の言を聞いて、オバマの真の狙いは、核拡散防止だと考えた。自ら核を保有しながら他国に保有禁止を訴えても説得力がないからだ。

 かつてモスクワの国際会議で私はロシアの有力政治家から次の質問を受けた。「中露間では静かに交渉して領土問題は解決したが、日露間では何十年も声高に交渉しながらなぜ解決しないのか?」

 これに対して、私は次のように答えた。「残念ながら、ロシアは中国を日本よりも重視し恐れているからだ。わが国が核を保有すればロシアの態度も変わるかもしれない。ただ日本は核保有の技術力、経済力はあるが非核国の道を選んでおり、われわれはそれを支持している。核保有論がわが国で台頭しないためにも、ロシアは日本をもっと重視すべきだ」

 イスラエルは核の保有、非保有を公表しないことを戦略的な抑止力としている。わが国は、核保有の意図はないが「何時でも保有は可能」という、その能力を抑止力にすべきではないか。そのためには、平和利用の核技術も常に最高水準に保つ必要がある。