増田悦佐(評論家)

「万里の長城」ならぬ「万里の長落」


 7月下旬から本格化し、8月24日に最初の谷底に到達した世界同時株安を心の底から歓迎する。もちろん、わざわざ最初の谷底と表現したのは、今後まだまだ本格的な下落局面は続くと確信しているからだ。

 株安を歓迎する理由は、長年にわたって「日本一国にしても、世界経済にしてもこんなにでたらめな運営が持続するはずはない」と主張しつづけてきた自分の議論の正しさが証明されたというようなケチな料簡からではない。今回の同時株安によって、世界で最大の経済と第2位の経済を擁する2カ国が、どちらも古今東西もっとも無責任に自国民、そして世界中の民衆を食いものにして利権集団がやりたい放題に富を蓄積しつづけるという構図が崩壊する道筋が明らかになってきたからだ。

 まずは、次のグラフをご覧いただきたい(図1)。世界中に多大な悪影響を及ぼした株価暴落の震源地である中国の株式市場の存在感を如実に示しているといえないだろうか。
 左側は、上海・深せん株式取引所上場銘柄のなかから、とくに流動性の高い大型株300種を選りすぐったCSI300の値動きを、今年の年初から8月24日までにわたって描いたグラフだ。8月初旬から24日までの下げもきつかったが、じつは6月中旬に天井を打ってから7月初旬までの下げのほうが、もっときつかった。そして、この中国株の下げに触発されて、8月初めから24日にかけての世界同時株安が勃発したわけだ。

 さらに、右側のグラフは、世界の株価大暴落のワースト7を年代順に列挙したものだ。さらっと眺め渡しただけでも、金融市場の大混乱に米中両国が及ぼす影響力の大きさがわかる。「第2の」あるいは「21世紀のブラックマンデー」と呼ばれる8月24日に至る株安には、もう「万里の長城」ならぬ「万里の長落」という魅力的なあだ名がついている。株価の実勢としていえばいまはまだ中間集計の段階なのだが、それでも42〜43%の暴落となっている。

 世界同時株安を招いた事例のなかで、今回の中国発大暴落を上回る下落率を記録したのは、大恐慌から大不況へと転落していった1929〜33年のニューヨーク市場の82〜83%と、第1次オイルショックが勃発した1973〜74年のロンドン市場の63〜64%、そして、国際金融危機に見舞われた2008年のニューヨーク市場の57〜58%だけなのだ。

 妙な国威発揚意識、あるいは自虐史観から「1989〜2003年までの14年間で80%強の大暴落となった日本の株価・不動産バブル同時崩壊が収録されていないのはけしからん」と息巻く向きもおありかもしれない。だが、14年もの長期にわたる山あり谷ありの展開を通算して80%安というのは、投資家にとって逃げたり隠れたりする場所のある下げ方だった。それ以上に重要なのは、当時の日本株大暴落は国際的にはまったく無視できるほどの孤立した現象であって、世界中の株式市場で日本株に連れ安した市場は皆無といえるほど少なかったことだ。

 ここでもまた、あれほど急騰していた日本株を世界に売り歩いたり、逆に日本株のカラ売りというアイデアを世界に売り歩いたりする企業家精神あふれる金融業者の不在をお嘆きの向きもあるかもしれない。だが、世界中があまりにも極端な拝金主義の誤りに冒されているときに、そんな時流に乗りきれず孤立していたのは、日本の醇風美俗の表れとしてむしろ高く評価すべきことではないだろうか。それは、世界中の金融市場に及ぼす影響がとくに顕著な米中2カ国の共通点は何かと考えたとき、はっきりしてくる。