[中島厚志が読み解く「激動の経済」]


中島厚志(経済産業研究所理事長)

 2015年の世界経済は、中国経済減速や資源安での新興国経済停滞などがあり、元気のない中で終わろうとしている。アメリカ経済だけが一人勝ちの構図だが、雇用改善で消費堅調といったプラス要因に混じってドル高といったマイナス要因もあり、さらに成長率を高めるようには見えない。2016年の世界経済も、現在と同じような要因が続いて方向感に乏しい展開となろう。

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 だが、2016年の内外経済を見るに当たっては、背景にある世界経済の潮流変化を見逃すことはできない。シェール革命下のアメリカ経済と構造調整で減速する中国経済が原油安資源安とドル高をもたらしていることで、世界経済は今までの高成長する中国、原油高資源高と新興国経済の隆盛とは違った局面に入っている。

 この新たな局面は、いままで恩恵を受けてきた国々と恩恵が乏しかった国々が入れ替わる局面とも言える。それは、恩恵を享受できなくなった新興国や資源国から、新たに恩恵を受ける非資源国とりわけ先進国への主役交代でもある。

 今後の世界経済では、けん引役としての期待が先進国に一層強くかかることとなろう。その上で、少子高齢化が進み、潜在成長率が落ちている先進国が真に世界経済を牽引するには、大きなイノベーションの可能性を増すことしかない。

入れ替わった世界経済のけん引役


 世界経済の大きな変化は、所得水準別に国々の一人当たり経済成長率を見ると分かる(図表1)。かつて、世界経済は先進国が名実ともにけん引していた。そして、1980年代まで、中低所得国では人口増に成長が十分には追い付かず、一人当たりの経済成長率が先進国以下の時代が続いた。

 しかし、90年代になると、アジア諸国などが高成長を実現し、中所得国が大きな成長を遂げる時代に入る。2000年以降は、中国経済の高成長や原油・資源高などにけん引されて、低所得国が大きな成長を果たす番となった。

 現在は、これら中低所得国経済が大きな転機を迎えている。中国経済の減速や原油・資源安で今後恩恵が乏しくなる国々は多くの中低所得国が属する資源国であり、新興国である。

 一方、現在新たに恩恵を受けている国は原油・資源安とドル高がプラスに効く非資源国であり、とりわけ輸出力を持つ先進国などである。また、日米欧諸国での低金利も景気回復を支える。アメリカや日本では、それに加えて労働需給ひっ迫が賃金上昇圧力となって消費を支えることにもなる。

恩恵を受ける先進国も成長率高まらず


 もっとも、恩恵を受けているからと言って、先進国の経済成長率が大きく高まるとは見込みにくい。原油安が進む現状では、世界最大の産油国アメリカの経済けん引力も限定的である。また、ドル高は家計の購買力を高めて消費を支えるが、原油安との組み合わせでのドル高ではアメリカ企業の収益はなかなか伸びず(図表2)、経済成長が高まることにもなりにくい。

 ユーロ圏経済では、財政健全化が制約要因となる。とりわけ、中核をなすドイツ経済が健全財政を堅持しており、大きな経常黒字や家計の消費余力があっても域内経済回復の機関車役を果たしそうにない(図表3)。
 日本経済も底堅く回復するも、ほどほどの成長しか期待できそうにない。原油安、通貨安、低金利のトリプル安の恩恵等があるものの、少子高齢化で国内市場は大きくならず、国内生産の停滞と海外現地生産の拡大も止まらない。

 新興国経済の成長率が落ちる一方で先進国経済の成長率が大して高まらなければ、世界経済の成長率は高まらない。なにより、恩恵を受ける国々が入れ替わる世界経済の下では、新興国・資源途上国隆盛で縮小方向にあった世界の人々の経済格差が再び拡大に転じかねない。

打開策はイノベーションの加速


 しかし、時間はかかるものの、打開策はある。それは、久々のトリプル安の恩恵を生かして先進国が大きなイノベーションを生み出し、世界経済を活性化させることである。

 日本経済も同じ立場にある。トリプル安に支えられても、現在の日本経済には元気がない。大きな背景は少子高齢化にあるが、史上最高の収益を挙げながらも企業に投資や雇用賃金を増やす動機を乏しくしている不透明な経済動向も要因として挙げられる。企業のイノベーション力が高まれば、企業の先行きへの不透明感も減じることとなる。

 もちろん、いくらイノベーションが生まれればと言っても、大きなイノベーションは容易には生まれないし、産業革命クラスのイノベーションとなれば起きるか起きないかすら分からない。

 ただし、イノベーションの可能性を高める手はある。一つは財・サービスの差別化を徹底し、生産性を引き上げる投資を増やすことである。日本の平均設備年齢はかつてないほど高齢化老朽化しているが、潤沢な手元資金でその更新を図るだけでも生産性は大いに向上する。

 グローバル化も世界中のヒト、モノ、カネを活用する余地を広げてイノベーション力を高めるし、女性・高齢者・高学歴者・外国人を含めた多様な人材の活用も大いに効果がある。そして、内外でのM&Aは多様な人材やノウハウの融合を早める有力手段である。

 2016年の内外経済は動きに乏しいものとなる可能性が強い。しかし、世界経済での潮流変化に身を任せるだけでは、中長期的にも低調な世界経済が続き、せっかく縮小してきた世界経済の格差が再度拡大することになりかねない。

 ここは、トリプル安を追い風とした先進国の出番であり、イノベーションを加速させることが世界経済に新たな飛躍をもたらすことになる。2016年世界経済の課題と期待はイノベーションの進展であり、それはイノベーションの前提となるヒト、モノ、カネの活用に欧米以上の大きな余地が残っている日本経済にも強く当てはまる。