白川太郎(医学博士)

がん3大標準治療の限界


――がんの3大治療は「手術」「抗がん剤」「放射線」ですが、白川先生のクリニックではどの治療も行なっていません。なぜでしょうか。

白川 ステージ3、4の進行・末期がんと呼ばれる患者さんを専門に治療しているからです。ステージ1、2の早期がん・比較的早期のがんであれば、保険適用される現状の3大標準治療で9割方治すことが可能で、私の出番はありません。

 しかし、がん細胞が原発巣から遠くのリンパ節や臓器・骨に転移したステージ3から4のがんに対してはいずれも有効ではなく、5年生存率が大幅に下がっています。その数値は私が医師になった1980年代から、ほぼ変わっていません。つまり病院で一般的に行なわれている治療は、進行したがんに対して、ほとんど有効な治療法になっていないということです。

―現実には、転移が広がって手術や放射線治療ができない進行がんの患者に、多くの病院が「抗がん剤」治療を行なっています。抗がん剤治療は有効ではないのですか。

白川 臨床経験と理論上から、効果は限定的だと思います。国立がん研究センターが運営するサイト「がん情報サービス」でも、「化学療法(=抗がん剤治療)で治療可能ながん」として明記されているのは、成人の急性骨髄性白血病や悪性リンパ腫など主に血液のがんの7つに限られます。ステージが進んだ患者は多くの場合、体内のリンパ管を通じて身体中に転移していきますが、抗がん剤はリンパ管に効きにくいのです。そのことが進行・末期がんの治癒率が低い1番の理由で、私が抗がん剤以外の治療法を確立し、世に広めたいと考える最大の動機です。

―なぜ抗がん剤はリンパ管に潜むがん細胞に対して効きにくいのでしょうか。

白川 通常の抗がん剤は血管の中に入って全身を巡ることから、大半が水に溶ける「水溶性」です。そのため、脂に近い性質のリンパ管にはなかなか到達できず、そこに潜むがん細胞を殺すだけの濃度を保つことが難しいのです。しかも、非常に薄い膜のリンパ管は血管と違って、医師が針を刺して確実に抗がん剤を注入することも技術的に不可能とされています。

 また、抗がん剤の使用には、薬剤耐性の問題がつねに付いて回ります。最初は効いていたのに、残ったがん細胞が抗がん剤に対する薬剤耐性を獲得し、次第に効かなくなってしまう。抗がん剤でがん細胞の数を減らすことはできても、完治できない理由の1つです。

抗がん剤では「がん幹細胞」を殺せない


―まさに水と油ですが、水溶性と脂溶性の両立という難問をクリアし、リンパ管の中まで届く抗がん剤が開発される可能性はないのですか。

白川 可能性はありますし、実例もあります。リンパ管の中だけにがん細胞ができる悪性リンパ腫に対しては、3種類の抗がん剤とホルモン剤を組み合わせた治療法が確立され、よい治療成績を挙げています。しかし残念ながら他の抗がん剤ではまだありません。

 そして、じつは抗がん剤治療にはもう1つ、重大な問題があります。それが「がん幹細胞」という新しいがん細胞を生み出せる親玉の存在です。以前はすべてのがん細胞が無限に増殖を繰り返していくと考えられていたのですが、それは親玉のがん幹細胞だけであることがわかってきたのです。例えるなら、「女王蜂(=がん幹細胞)」と「働き蜂(=一般のがん細胞)」のような関係です。女王蜂が働き蜂を生産し、働き蜂は分裂を一定期間繰り返して、ある程度たったら分裂をやめる。すると女王蜂は新しい働き蜂を生み、働き蜂が分裂を繰り返すのです。

 これまでは、がん細胞の1つ1つが無限に増殖していくと考えられていたため、とにかく個々のがん細胞を叩いて全滅させることが抗がん剤治療の方針であり目的でした。しかし、がん幹細胞が存在するからには、これを叩かないかぎりがんの完治も進行を止めることもできません。「がん幹細胞仮説」は現在も議論の最中ではありますが、多くの研究者や医療者が納得しつつある有望な仮説です。