アラン・D・ジム(軍事アナリスト)
翻訳・浦辺忠德(翻訳家)


 「帝国陸海軍は本八日未明西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」──赤城、加賀、蒼龍、飛龍……単冠湾を出撃した空母機動部隊、ト連送による突撃命令、赫々たる戦果──真珠湾奇襲は今なお語り草となっている。だが、冷静な目でみるとこの作戦は穴だらけ。米軍事アナリストの徹底分析をみれば、もはや「山本五十六」は神話でしかない……。


戦略の現実妥当性


 日本海軍は宣戦布告なしに攻撃の火ぶたを切る伝統があり日米戦争の劈頭に真珠湾攻撃をすることは異例な考えではない。

 一九二九年には海軍大学で二隻の空母による真珠湾攻撃の図上演習が行われた。翌年には山本五十六大佐は海軍水雷学校で真珠湾攻撃の必要を説いた。山本は徹底して真珠湾攻撃に固執した。

 ハワイはサンフランシスコ、サンディエゴ、フィリピン、東京の中間に位置しその致命的重要性は理解されていた。一九四〇年に太平洋艦隊の根拠地になり修繕施設や補給施設が整備され日本への反撃拠点であるとともに米本土の最後の防御線になった。

 ワシントン海軍軍縮条約において戦艦の対英米比を六割に抑えられた日本海軍にとってそのハンディの克服が最大の課題であった。

 海軍の伝統的な戦略は、開戦となればマーシャル、マリアナ諸島など委任統治領を根拠に潜水艦と航空機により米艦隊を攻撃して漸減させ日本艦隊と対に持ち込み日本近海で決戦するという漸減作戦であった。軍令部としては開戦になっても早期に米国との講和を図る腹積もりであった。山本五十六は連合艦隊司令長官の辞職をほのめかし真珠湾攻撃を押し通したが、これにより軍令部の短期戦戦略は排除された。

 山本は米海軍と米国民の士気を阻喪させるべく開戦劈頭で米国の主力艦隊を撃破すべきと信じていた。開戦第一日目にして戦争の帰趨を決するというものだ。

 山本は何を達成しようとし対価は何だったのか。  山本は海軍航空の父とされ戦艦無用論者とされるが、米国民には戦艦はシーパワーと同義語であり、象徴的な戦艦を沈めることで士気を阻喪させる甚大な効果があるとみて戦艦の撃沈に集中した。そのためには魚雷が必須であり計画の過程で真珠湾が浅く魚雷を使用できなければ攻撃を断念する考えであった。空母であれば急降下爆撃機によって破壊できるので、あくまでも戦艦が目的であったということだ。
Attack on Pearl Harbor by Alan D. Zimm Copyright 2011 © Alan D. Zimm
Japanese reprint arranged with Casemate Publishers, Havertown, PA
through Tuttle-Mori Agency, Inc., Tokyo
Attack on Pearl Harbor by Alan D. Zimm Copyright 2011 © Alan D. Zimm Japanese reprint arranged with Casemate Publishers, Havertown, PA through Tuttle-Mori Agency, Inc., Tokyo

 実は、山本は徹底した空母主義者ではなく、やはり戦艦を艦隊の華とみていた節がある。〝隠れ戦艦派〟だったのだ。山本は真珠湾攻撃のリスク、とくに陸上基地からの爆撃機による機動部隊攻撃の脅威を懸念していた。さらに日本の空母が米空母による攻撃から無傷で生き残れるか。実際には米空母が出払って洋上にあるとの報告を受けても攻撃を続行させた。山本の狙いは米戦艦でありその対価は日本空母であった。 奇襲の二十四時間前に艦隊が捕捉されても攻撃を強行せよという作戦指令はそれを裏付けている。

 第二の目的は日本が南方資源地帯を攻略する際の妨害を排除するために米太平洋艦隊を六カ月釘づけすることである。日本は作戦の策定において米国のロジスティックスを無視したが、これは自己の認識を相手に投影(mirror image)する自己投影に過ぎず、日本軍の作戦の随所にみられる。米海軍においてロジスティックスは艦隊行動の大前提であり、大艦隊を出動させるには各種補給、支援体制など全て整えるには六カ月を要する。この意味で真珠湾攻撃は必要がなかったといえる。

 山本の構想で仮に太平洋艦隊の侵攻を六カ月遅らせることに成功しても、新造艦計画による米国の物的優位を妨げられるものではない。真珠湾攻撃により全米国人の憤激は頂点に達し、官民あげて戦争目的の完遂に邁進することになった。実際、米国が真珠湾、フィリピンの敗戦によって戦意を喪失して講和するなど論外である。山本は根本的なことを大きく読み違えている。結局、真珠湾が成功しても講和にならなければ、必然的に日本が勝利する見込みのない米国との長期戦となる。

 真珠湾攻撃は米国との長期戦を誘発するものであり、その他のありえた日本の可能性のすべてを放棄させた。仮に最後通牒が間に合ったとしても、これは形式要件を有しないものであり事態に影響はない。