門田隆将(ノンフィクション作家)

 一夜が明け、昨夜の興奮が嘘だったかのように台北は静かな「雨の休日」を迎えている。先週から台湾総統選の取材に来ている私は、つい10時間ほど前までの“地響き”のような熱狂と興奮が「ひょっとして夢だったのではないか」という錯覚に陥ってしまった。

 行政院や立法院など、台湾政府の中心組織が集中するエリアに近い北平東路の民進党本部は、投票が締め切られる午後4時前頃から、続々と詰めかけた支持者たちによって、うねりを伴った凄まじい熱気に包まれていた。

 交通を完全にシャットアウトし、本部前のステージに設(しつら)えられたオーロラビジョンに開票速報が映し出されると、群衆の大歓声がその度に湧き起こった。記者会見を終えて、蔡英文新総統(59)がステージに上がったのは、午後9時を過ぎてからだっただろうか。

 「この(選挙)結果は世界に台湾の自由と民主を示した」。彼女がそう語ると群衆の興奮は最高潮に達した。予想された勝利だったとはいえ、689万票という大量得票と、国民党の朱立倫候補(54)に300万票以上の差(朱氏が獲得したのは381万票)をつけるという圧勝に、現場のボルテージは上がりつづけた。

「新しい未来、新しい台湾」
「ありがとう台湾人、ありがとう台湾人!」

 オーロラビジョンに映る言葉が、喜びの大きさを表わしていた。たしかに、この結果は、測り知れないものがある、と私は思った。

 国民党の馬英九政権が2期8年にわたって押し進めた中国との接近政策は、昨年11月、習近平―馬英九という初の中台首脳会談となり、「ひとつの中国」をお互い認め合う事態に至っていた。

 中国に併呑される危機感が台湾全土を覆った中、有権者がどんな判断を下すか、世界中の関心が選挙に集まった、と言っていいだろう。
台湾総統選の投票所を訪れた人たち=1月16日、台湾・新北市(共同)
 しかし、中国との急接近策ではなく、「現状維持」を訴え、台湾人のアイデンティティを前面に打ち出した蔡女史が、「史上最大の勝利」を得たのである。