遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士)

 今年1月1日を以て中国の「一人っ子政策(独生子女政策)」は終わり、二人目の子供を産んでよいことになった。昨年12月27日、全国人民代表大会常務委員会で最終的に決議された。ただし無制限に生んでいいというわけではなく、二人までは産んでもいいという「二人っ子政策」が始まったということになる。

福建省福州市で幼児を連れて歩く女性
福建省福州市で幼児を連れて歩く女性
  一人目を産む場合も、また二人目を産む場合も、今までどおり産休やその他の優遇(奨励)を享受できる。また一人っ子政策に沿って一人しか子供を持っていなかった家庭の子供が他界した場合の「失独(独生子女を失った)」家庭も従来の法律どおり扶助を受けることができると、この委員会で決議された。会議は同時に、「晩婚晩育(遅く結婚して遅く子供を産む)」という「できるだけ子供を産む年齢を遅くする」ことに対するこれまでの優遇策は撤廃したと伝えている。

 1月13日になると、また新しいニュースが入ってきた。
 「二番目の子供に関する産休を延長するか否か」ということに関する民意調査を政治協商会議の代表(議員)らが始めたという情報だ。「二番目の子供を産むときは年齢が高くなっているし、二人も育てなければならないので育児負担が大きくなるから延長すべきだ」という意見と、「いや、そうでなくとも女性は職場で有給産休を取るために性差別を受けている。延長などしたら、差別の目がもっとひどくなる」などの意見もあり、働く女性たちの話題をさらっている。3月初旬に開かれる政治協商会議(代表:3000名)で論議あるいは決議され、立法機関である全国人民代表大会に建議されるかもしれない。

一人っ子政策はなぜ始まったのか?



 一人っ子政策というのは、正確には1980年9月に開催された人民代表大会第三次会議で20世紀末に中国の人口を12億人内に抑えるために打ち出された政策だ。同年、新華社が「このママの出生率を続けていると、2000年には中国の人口は14億人に、2050年には40億人になる」という学者等による「百年人口予測報告」を公布したことがきっかけだった。文化大革命で壊滅的打撃を受けた中国経済を成長させるためには、国家全体のGDPだけでなく一人当たりGDPの成長も重要であるとして、当時の指導層は何としても人口抑制を図ろうと考えた。そこで出てきたのが一人っ子政策である。

 最初は「提唱」程度だったのだが、やがて「強制」になり、たとえば山東省の農村で実施が十分でないことが分かると、その村の全ての妊婦に強制堕胎をさせるという残酷なものとなっていく。以来、どれだけ多くの懐妊した女性が泣いて来たかしれない。

 90年代に筆者が訪れた西安のバイオテクノロジー関係の某研究所では、中国人民解放軍の医院と提携して、堕胎した胎児の臍の緒を用いたES細胞(胚性幹細胞)の研究をしていた。その病院の廊下には大きなバケツが置いてあり、バケツの中には強制堕胎された胎児の亡骸(なきがら)が無造作に投げ込まれている。その現場を見てしまった筆者にとっては、「一人っ子政策」というのは他人事(ひとごと)ではない。

 一人っ子政策が、わがままな小皇帝や小皇女を生み出したりしたといった表面的現象に関しては、日本人も馴染みがあるかもしれないが、そこにはもっと深刻な問題が潜んでいる。