佐伯順子(同志社大学大学院社会学研究科教授)

 上方は自営業の町である。商いの家はおかみさんの才覚が重要であり、生計は夫にまかせ、自分は趣味に生きる、というライフスタイルは通用しにくい世界。だからこそ、女性の才覚を活かし、ビジネスで成功する余地も生まれる。そんな土地柄や歴史的背景を活かして人気を博しているのが、女性実業家の先駆者・広岡浅子が主人公の『あさが来た』。

 物語を幕末から始めるのは、朝ドラ史上、最も古い時代設定として画期的であるが、同じNHKによる、大河ドラマ『八重の桜』(2013年)『花燃ゆ』(2015年)も、江戸から明治への激動の時代を生きた女性たちが主人公。従来の歴史ドラマでは、明治維新期の変革は、主として男性である幕末の志士や政治家に焦点をあてて描くことが多かった。歴史の表舞台の激動を描くには、確かに男性を主人公にしないと無理がくる。上記の大河ドラマの視聴率が残念ながら低調であったのも、それが一因と思われる。だが、テレビドラマの価値は、決して視聴率だけで決まるものではない。歴史の大きな変化のなかで、とかく陰に隠れがちであった女性たちは、いったいどのように生き、いかなる思いを抱いていたのか――従来の男性中心の歴史像に風穴を開ける意味で、視聴率低下のリスクをかえりみず、あえて無名の女性を主人公に据えるメディアの試みは重要である。
「あさが来た」の一場面。姉・はつ(宮﨑あおい)から届いた手紙を読む、あさ(波瑠)と新次郎(玉木宏)
「あさが来た」の一場面。姉・はつ(宮﨑あおい)から届いた手紙を読む、あさ(波瑠)と新次郎(玉木宏)
 女性、しかも無名女性に焦点をあてるドラマづくりは、女性へのエンパワメントのみならず、著名人中心の歴史像に偏ることなく、一般市民の視点から歴史を描く、つまり、歴史認識を書き換えるという意味でも評価できる。広岡浅子も、朝ドラで取り上げられるまでは、決して一般的に著名な女性ではなかった。その意味では、新島八重や杉文ほどではないにせよ、ドラマづくりとしては同じ試みの一環である。朝ドラも大河ドラマも、テレビドラマの黎明期に、ほぼ同時期にシリーズを開始(朝ドラは1961年、大河は1963年)しており、看板ドラマ枠での大胆な挑戦という意味でも、共通性をもっている。

 にもかかわらず、なぜ大河の視聴率は低く、朝ドラは好調なのか。それは、ドラマの枠の性質や放送時間帯の影響にもよる。大河ドラマは視聴者にとって、硬派な歴史ドラマとしての印象が強く、男性視聴者が感情移入しやすいつくりであったが、朝ドラはそもそも、朝に家族を送りだした女性視聴者をターゲットとして制作されてきた。女性の活躍を描くドラマは、大河では苦戦しても、朝ドラでは歓迎される素地が整っている。

 原作小説『土佐堀川』の作者も、女性の古川智映子。1988年刊の小説が今、ドラマ化され好評であるのは、時代の関心がやっと小説に追いついたといえようか。同じ上方女性で、吉本興業の発展を支えた吉本せいが主人公の小説『花のれん』の作者も女性(山崎豊子)。女性の生き方や価値観にも多様性があるので、女性であれば女性の真実の姿が書ける、と一概には言えないが、女性原作のドラマが人気を博するのも、女性の活力の証としてうれしい。