8月15日の終戦記念日になると毎年、テレビをはじめとしたメディアでは第2次世界大戦に関するドラマや特集などが組まれるし、学校の授業でもしっかりと習った記憶があるので、それぞれイメージがあることだろう。しかし、今から100年前に開戦された第1次世界大戦となるとなかなかイメージが沸かない。日本の第1次世界大戦前後の時代状況と現在では類似点があり、国際政治の上でもターニングポイントにもなったという。果たしてどんな時代だったのか。『第一次世界大戦と日本』(講談社現代新書)を今年6月に上梓した、日本政治外交史が専門の井上寿一学習院大学学長に話を聞いた。

――第1次世界大戦は、第2次世界大戦に比べると、日本では一般的にも印象が薄いイメージです。


井上:私も日本人の平均的な意識しか持ちあわせていませんでした。意識が変わったのは、欧州日本学研究所(フランス・アルザス)のセミナーに講師として参加した時でした。会場近くの教会に第1次大戦と第2次大戦でアルザスから出征し亡くなられた方の名前が記されているのを見つけました。戦没者の数を数えてみると、1次大戦のほうが5割くらい多いことに気が付き、驚いたんです。ヒトラーやムッソリーニが台頭した第2次世界大戦が大きな出来事であったのは言うまでもないのですが、ヨーロッパにとっては、第1次大戦のほうがさらに深刻な意味があったんだなと。

 私の専門は日本政治外交史なので、それから第1次大戦と日本との関わりを調べるようになったんです。第1次大戦から今年で開戦100年ということで、ヨーロッパでは10年くらい前から関心が高まっており、さまざまなシンポジウムが開かれたり、たくさんの本が出版されています。日本でも関心が高まってほしいと思います。

 100年前の6月には、第1次大戦の発端となったサラエボ事件が起きました。100年前の日本や世界を調べてみると、現在にもつながる問題がすでに起きています。それを皆さんに知っていただきたいなと思いこの本を書きました。

――100年前と現在で、同じ問題とは具体的になんでしょうか?

井上:日本の100年前と現在の類似点として、長期経済停滞、社会的な格差の問題、政治の3つがあげられます。

 まず、1つ目の長期経済停滞ですが、第1次大戦による戦争景気とその後の反動不況は、約20年前のバブル崩壊とその後の20年ととてもよく似ているのではないかと思うのです。今はアベノミクスで経済が上向きになっていますが、ここ20年間は長期停滞が基調になっています。第1次大戦後も、経済は上向きにはなることもありましたけれども、長期停滞が基調でした。

 2つ目の格差ですが、そうした経済状況の中で、初めて社会的な格差社会の問題が意識されだします。第1次大戦前の日本では、事実上の身分制がまだ残っており、四民平等とは言いながらも実際にそう簡単に人生を逆転することはできなかったですし、それが当たり前の社会でした。しかし、大戦後には、格差は是正されるべきであるという意識が芽生えるようになります。、生活が苦しい人たちに対し国は社会政策で手を差し伸べなくては、となるんですね。

――本書に出てくる「夫の死亡の際の火葬料が払えず、死体を放置した」という当時のエピソードは、現在のニュースで流れていても違和感はないですね。

井上:そうなんですよね。現在は、100年前と比べれば、どう考えても福祉社会になっているはずなんですが、事例としては同じようなことが起こっているんです。つまり、それくらい社会の進歩はゆっくりで、同じような問題が繰り返さているのかなと思います。

――当時の政府は、救済事業としてどんな政策を打ったのでしょうか?

井上:格差が意識され始めた頃は、「貧しいのは努力しないから」「一人ひとりがもっと頑張らなければいけない」といった社会の風潮がありました。今でも似たような言い回しを聞く時がありますよね。

 その頃は、まだ納税額で選挙権が決まる制限選挙が行われていて、納税額の多い資本家や地主に有利な政策を推し進めるはずなのですが、格差は一人ひとりの努力の問題ではなく、社会になにか問題があるとして当時の政友会や憲政会(民政党)もこの問題の解決に乗り出しました。また、社会主義運動は治安維持法で非合法化されていましたが、思想としては無視できないものとなりました。そうした声に押され、政府も救済事業をはじめました。

 まずは、格差の実態を調べるために、今でいう民生委員、当時の方面委員制度が設立されました。実態を調べてみると、地方の過疎化と都市への一極集中が貧しさをもたらしていたとわかりました。これは100年後の今と同じ構造ですね。

――一方で、戦争景気によりたくさんの成金も生まれたんですね。

井上:私はバブル期を経験していますが、あの頃はこのままバブル経済が続いていくのではないかという錯覚があったように思います。でも、100年前の戦争景気の時の人々はそれよりも冷静でした。戦争景気はいずれ終わるし、いつ終わるのかということを心配していたくらいです。成金に対しても反社会的で品がないと批判していました。

――戦争景気が一般庶民にもたらしたものはなんでしょうか?

井上:戦争景気の余得が広がり、格差是正のために労働組合が組織されたり、労働争議が起きたことで多少賃金が上がった側面もあります。それが大衆消費社会の発端を大戦後につくります。

 たとえば、デパートの大衆化です。それまでデパートというのは、お金持ちが買い物へ行くところで、庶民には手の届かない場所でした。しかし、その頃から庶民でもたとえ買い物が出来なくても、デパートの中でウィンドウショッピングをしたり、デートをしたりするようになったんです。それに対して、デパートの店員さんも将来のお客さんになるかもしれないとのことで、嫌な顔をしなかったそうです。

 またこの頃、高島屋には、現在で言う100円ショップのような「10銭均一」や「20銭均一」の店が登場し、少しずつ大衆消費社会が始まったのです。

――3つ目の政治についてお聞きします。まず、大戦前後で国際政治に変化はあったのでしょうか?

井上:大戦前の国際政治は、たとえば日英同盟や日露協商といったように、同盟・協商関係や秘密の協定を結んでいたという特徴があります。このような外交の裏付けは軍事力で、当時の日本の軍事費は国家予算の半分近くまで膨張していました。

 しかし、大戦後は、戦勝国のアメリカを筆頭に軍事費の削減が行われ、日本の軍事費もピーク時の半分程度まで減少しました。また、条約も2国間の同盟・協商関係から、多国間で、さらに公開の会議の場で条約を結ぶという流れになります。

 この戦争の前は空想でしかなかった国際連盟も発足します。現在では、さまざまな国が集まり、難しい問題を話し合うのは当たり前のように思うかもしれませんが、その当時では主権国家は絶対的な存在であり、主権を部分的にであれ国際連盟のような組織に預けるというのは考えられないことだったのです。国際連盟は戦争という大きな代償を支払い実現しました。

――まさに現在の国際政治の原型がつくられた時代ですね。一方でその頃からの課題はありますか?

井上:国際連盟が出来たのは画期的なことなんですが、アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスといった主要国が足並みを揃えないと決められないというのは、現在でも変わっていないですよね。

――当時の国際連盟での日本の立場はどうだったんですか?

井上:日本も形式的に戦勝国として常任理事国の立場を与えられてはいましたが、基本的には欧州の国際機構だったので末席でした。当時のヨーロッパの国々は民族問題を抱えていました。そこで、利害関係のない日本が民族問題の特別会議の議長国となり、解決に尽力したのです。そのことがあったからこそ、満州事変が起こったとき、国際連盟は日本の立場にも配慮しましたし、最後まで連盟にとどまって欲しいのが本音でした。

 現在の安倍内閣は、積極的平和主義を掲げています。しかし、集団的自衛権の議論にしても、日本が戦争に参加するのかなどに問題が矮小化されてしまっています。今日の戦争は複雑ですし、日本が国際平和で果たす役割も古典的な戦争のイメージとは別のものが求められています。

 ですから、もっと世界平和のためにどう関わっていくのかというビジョンを明確にし、それを実現するために集団的自衛権を合憲化するというのであれば、理解が得られるかもしれません。他方で、アメリカやロシアにもっと積極的に核軍縮を進めたり、それに付随し、核開発をすすめている国へ開発を止めようと、核兵器の全体の保有量を減らすような行動をした方がいいのではないでしょうか。

――第1次大戦の戦勝国であるアメリカはその後、民主主義を世界に広める行動を取っているのが、今の状況に似ていますね。

井上:アメリカという国にさまざまな問題はあるとは思いますが、アメリカがリードする民主主義の理念は普遍的なものだと思います。民主制にも問題はありますが、これまで人類の考えたさまざまな政治制度の中ではもっともマシな制度なので。

日本も、そのアメリカを中心とした世界の民主化の流れの中で遅れてはいけないと考え、アメリカを世界標準とみなし、その後、政友会や民政党による二大政党制や、成人男子のみではあったけれども普通選挙を取り入れました。大日本帝国憲法を読む限り、政党内閣は予定されていなかったことがわかります。それでも、憲法を改正しない範囲で政治の実質的な運用として普通選挙制度のもとで政党内閣ができた。この実現は非常に大きな意義があったのです。ですから、憲法がどうであれ、運用の仕方で民主化が進んだというのは今日的な意味があると思いますね。

――他には100年前からどんな教訓が得られますか?

井上:先行きが見えないというのはいつの時代も同じだと思います。100年前の人たちは、そうした状況下で格差社会や経済停滞に対して、手探りだけどなんとかしたいと努力をしていました。そこから学ぶことは多いと思います。教訓を学ぶという点では、どの時代でも学ぶべき点はあると思います。先行きが見通せない中で、希望を捨てずにがんばっている人たちの姿を追体験し、良い部分と間違っていた部分を見極めることが大切です。

――本書をどんな人に読んで欲しいですか?

井上:「歴史は無味乾燥でつまらない」、「100年前と今となんの関係があるのか」と思っている人にこそ読んで欲しいと思っています。そうした人たちが読みやすいようにエピソードの記述を多くしています。100年前も今も変わらず人々は希望と不安を抱きながら毎日を一生懸命生きているんだ、自分たちもがんばろうと思って欲しいですね。そういうことが日本を良くすることに少しでも役立ってくれれば著者冥利に尽きますね。

(ライター・本多カツヒロ)