原田泰(早稲田大学政治経済学部教授)

――財政政策の効果はやはり小さい
イデオロギーとは関係ない


 財政政策の効果が一時的で小さいのに対して、金融政策の効果は大きく持続的であるという、いわゆるリフレ派の経済学の主張に対しては反発があるようだ。ただし、金融政策の効果は大きく持続的であるという主張は、財政政策に比べてのもので、永久に効果があると主張しているわけではない。

 金融政策は、失業率が現在の3%台後半から2%台に低下するにしたがって実質GDPを拡大させる効果を失っていく。その後に効果があるのは成長戦略であるというのは正しい。しかし、どういう成長戦略を採用すれば、どのようなメカニズムでどのくらい成長率が高まるのか、誰も明確には説明できていない。しかも、誤った成長戦略を採用する危険もある(私も、成長戦略のメカニズムを解明しようとした論文を本誌2014年3月号に書いているので、本稿ではこれ以上は説明しない)。

 それに対して、金融政策は、失業率を低下させる過程で、実質GDPの水準を5%から10%拡大させる。これを使わない手はない、とリフレ派の経済学は過去20年以上にわたって主張してきたのだが、それがアベノミクスの第一の矢として、やっと採用されたわけだ。

 以上の主張は、イデオロギーとは何の関係もない。日本の現状においてそうであると、事実に基づいて主張しているだけである。イデオロギーがあるとすれば、日本人のほとんどは他人に雇われているのだから、景気がよくて雇用状況がよいほうがよいに決まっているでしょう、というだけである。人を雇っている社長の立場で考えても、モノが売れなくて倒産するより、人手不足で倒産するというのが事実だとして、人手不足倒産のほうがマシだと思う。モノが売れなくて倒産するときには従業員の面倒を見なくてはならないが、人手不足倒産ならその手間が要らない。

 日本の金融学者は日本銀行(黒田東彦総裁、岩田規久男副総裁が就任する以前の日銀である)の影響を受け、財政学者は財務省の影響を受けているから、金融学者は金融政策に効果はなく、財政学者は財政政策に効果がないというのだという説もあるが、普通に分析すると、金融政策には効果があり、財政政策の効果は小さいという結果になる。

 関西大学の本多佑三教授は、その日本経済学会会長就任講演で、(古い日本銀行と金融学者の主流は)これまで、金利がゼロに張り付いてしまえば金融政策にできることは何もなく、量的緩和は効果がないと主張してきたが、「こうした主張は、なんら客観的な証拠のない主張である。……客観的なデータは、日銀が採用した量的緩和政策が、株価の変動を通じて生産に影響を与えた」と論じている(本多佑三「非伝統的金融政策の効果:日本の場合」『現代経済学の潮流2014』東洋経済新報社)。

 もっとも、2001年から06年3月まで行なわれた量的緩和政策に効果がない、という論文はあるのだが、それは量的緩和政策がなされて間もなく書かれた論文で、2002年または04年までのデータを用いたものである。その後、データが追加されたのだから、データを追加して論文を書き直すべきだと思うのだが、誰もそんなことはしていない。日本の科学の恥だとかいって大騒ぎになっているSTAP細胞の場合には、多くの学者が再現を試み、検証実験をしようとしているのだから、立派なものである。経済学の現状を見れば、STAP細胞で誰も死ぬ必要なんかなかった。

 財政政策については、経済学者が普通に分析すると効果が小さいという結果になる。これは、飯田泰之「第六章 財政政策は有効か」(岩田規久男・浜田宏一・原田泰編著『リフレが日本経済を復活させる』中央経済社、2013年)、中里透「デフレ脱却と財政健全化」(原田泰・齊藤誠編著『徹底分析 アベノミクス』中央経済社、2014年)などの論文に基づく私の判断である。


藤井聡教授の3つの論点


 以上が私の主張だが、京都大学の藤井聡教授は、「金融政策には効果があり、財政政策の効果は小さい」という私の主張は統計的に否定されるという(藤井聡「『第二の矢』でデフレ不況を打ち抜け」本誌本年9月号)。

 藤井教授の論点は3つある。第一は、アメリカのクルーグマン、スティグリッツなど、ノーベル経済学賞受賞者を含む高名な学者が、財政政策の効果が大きいと主張していることである。

 第二は、金融政策の効果を示した実証分析が、実質GDPに対する効果を示したものであって、名目GDPに対する効果を示したものではない、という批判である。

 第三は、リーマン・ショック後のOECD(経済協力開発機構)諸国の国際比較分析から、名目GDP、実質GDP、失業率に対して効果をもっていたのは、金融政策や産業構造や貿易状態や財政状態などではなく、公共投資のみであったというご自身の分析による批判である(前岡健一郎、神田佑亮、中野剛志、久米功一、藤井聡「国民経済の強靭性と産業、財政金融政策の関連性についての実証研究」2014年5月、14-J-027、経済産業研究所)。

 まず、第一の論点であるが、私は、近年の日本において、信頼できる実証研究によれば、財政政策の効果は小さいと主張しているだけで、いついかなる時代と国でも効果が小さいと主張しているわけではない。また、まったく効果がないと主張しているわけでもない。公共事業をすると、政府が直接、建設工事を発注し、それがGDPに計上されるわけだから、その時点では、GDPを増やす効果はあるだろう。東日本大震災の復興工事として行なわれている防潮堤や高台移転の工事は、その時点ではGDPに計上される。

 しかし、防潮堤によって港が守られ、人びとがそこでこれまで以上に活発な漁業を営むとか、より多くの人が高台に移り住むというようなことにならなければ、工事が終わったあとにはむしろGDPが減少してしまう要因になる、と主張しているのである。

 日本の高度成長時代、道路、鉄道、橋をつくれば、工場が来て、働く場所が増える。より多くの人が、これまでよりも高い収入を得られるのだから、GDPは継続的に増えていく。公共投資の効果は大きかっただろう。

 昨年の冬に私の勤務する大学と海外大学との交流プログラムで、3週間ほどアメリカに滞在したのだが、道路の悪さにあらためて驚いた。雪を溶かすために塩を撒くので道路の傷みが激しい。穴が開いていて危険でもあるし、車がスピードを出すことができない場所も多い。通勤時間が無駄になるし、物流の効率も低下する。道路の穴を埋める公共事業は間違いなく大きな効果があるだろう。歩道の白線も見えないところが多い。日本ほどでなくてもよいから、見えるようにしてほしい。

 また、ミシガン州とカナダとのあいだの橋が足りず、交通渋滞が起きていた。アメリカ政府が橋の建設費を負担しようとしないので、カナダの民間企業が有料の橋を建設し、利益を上げているという話を聞いた。民間企業がインフラをつくって儲かるほどインフラが足りないらしい。クルーグマン、スティグリッツほどの人がいっていることだから、公共投資に効果があるというのは、アメリカについてはまったく正しいのだろう。

 なお、藤井教授は、GDP=消費+民間投資+公共投資+純輸出という式から、2013年の名目GDP増加のほとんどが公共投資の増加によると計算しているが、公共投資を増やしたことによって、他の項目が減少する可能性については何ら考慮していない。しかし、公共投資を増やせば、建設資材や建設労働者を取り合って民間の建設投資(民間投資の一部である)を削減するなどの効果がある。これについては、本誌本年6月号でも書いたので繰り返さない。

 第二は、金融政策の効果を示した実証分析が、実質GDPに対する効果を示したものであって、物価や名目GDPに対する効果を示したものではない、という批判である。これは「経済的に効果があるとは何か」という意味論的な議論になるかもしれないのだが、常識で考えれば、ある政策をして物価が上がるだけなら、そんな政策はするな、という人が大部分なのではないだろうか。金融政策にしろ財政政策にしろ、その政策がたんに物価を上げるのではなく、生産や雇用を拡大するからこそ価値があるのではないか。

 藤井教授は、実質GDPの生産において、名目GDPを物価で割って実質GDPを求めるので、物価が下がると実質GDPが増加するのはトリッキーであると書いておられる。金融政策の効果が物価を下げて実質GDPを増加させることであるといいたいようであるが(そこまでは書いていない)、実質GDPはそのようなものではない。

 もちろん、名目GDPを物価で割って実質GDPを算出しているのは事実だが、それは便宜のためにしているのである。本来の実質GDPは物価に変化がなかったら、すべての財とサービスの生産がどうなっているのかを計算するものである。したがって、すべての財・サービスの生産量と価格がわかれば、実質GDPは、すべての財・サービスの生産量に、ある基準年、たとえば2010年の物価を掛けて合計したものになる。物価が下がっても上がっても、同じ財は同じ基準年の価格と計算するわけである。

 したがって、物価が下がったから実質GDPが増えているように見えるというトリッキーなことなど起こらない。名目GDPを物価で割って実質GDPを計算しているのは、すべての財・サービスの生産量と価格を知ることが困難だという便宜の問題でしかない。こう計算しても、あるべき実質GDPとほとんど変わらない結果が得られるのでそうしているだけである。

 もちろん、金融政策に効果があるのは、期待物価上昇率を上げ、実質利子率を下げることなどを通して、円を下落させ、株価を上昇させ、設備投資を拡大させるなどのことが起きて、生産を増大させるからであるから、当然、最終的には景気がよくなって現実の物価も上がる。しかし、2001年から06年までの量的金融緩和政策では、物価が上がる前に金融緩和政策をやめてしまったので、金融政策が現実に物価を上げる効果は検証されないようである。

 だが、2013年4月からの黒田緩和では、物価が上がるまで緩和を続けるとしているので、金融緩和政策が期待物価上昇率を上げるだけでなく、現実に物価を上げることを検証できるだろう(金融政策が期待物価上昇率を引き上げることとその実証については、本誌本年6月号、また「予想物価上昇率とマネタリーベースの関係は明らか」『WEB RONZA』2014年4月28日で書いたので繰り返さない)。

 金融政策と現実の物価上昇率または名目GDP上昇率との関係が希薄になるのは、日本の1990年代後半から2010年代までである。世界的にみれば、金融政策と物価の関係は密接である。図1は、1990年から2012年までの、OECD加盟国での、マネーストック(M2)上昇率と消費者物価上昇率の関係を示したものである。図から明らかなように、マネーを伸ばした国ほど物価上昇率が高いという関係がある。この関係は、トルコ、ポーランド、メキシコのような、年に10%を超すようなインフレ国を除いても保たれる。
 第三の論点は、リーマン・ショック後のOECD加盟の34カ国の名目GDP、実質GDP、失業率を回復させる効果をもっていたのは公共投資のみであった、という藤井教授の分析による批判である。

 不況に対して、ある政策が、そこから脱却させる効果があったかどうかという分析は、じつは難しい。なぜなら、不況だから政策を発動するわけで、GDPが減少し、失業率が上昇するときに、財政支出や金融政策の手段であるマネタリーベースを増やすわけである。すると、政策を発動したから不況になった、という統計的関係が出てきかねない。

 藤井教授の周到な分析では、このような失敗はもちろんない。本誌9月号の藤井論文では、RIETI論文の結果に基づき、縦軸にリーマン・ショック後の名目GDP回復率、横軸に公共投資の変化率を示すと、各国を表す点が右上がりに並ぶという図が掲載されている(本誌9月号藤井論文、図1)。すなわち、公共投資を増やした国ほど、名目GDPの回復率が高いという結果になるという。

 図2は、その図を転載し、それぞれの点がどの国を示すかを、特徴的な点について書き入れたものである。なお、藤井氏は公共投資変化率と書いておられるが、グラフは公共投資変化の数値が入っていたので、ここでも公共投資変化を用いた。どちらの数値を用いても以下に述べる結果に変わりはない。名目GDPの回復率とはリーマン・ショック以前のピーク時、リーマン・ショック後の一番底のGDP、2012年7―9月期(論文執筆時での最新のデータ)という三つの時点でのGDPを比べて、現在のGDPが過去のピーク時から比べてどれだけ回復したか、という指標である。この指標だと、最初のリーマン・ショックの影響が小さいと回復率が大きくなる。これが政策変数の効果を見るのに適切な変数であるのか、疑問も生じる。最初のショックがほとんどなかったイスラエルとポーランドの回復率がきわめて大きくなり、変数を定義できず、欠損値となる。
 なお、この図のデータのみならず、藤井教授には、経済産業研究所論文のバックデータをすべて提供していただいた。実験しても再現できないとか、データを加工したとか、さまざまなスキャンダルが科学界で問題となっているとき、寛大にも批判者である私に、多大な時間をかけて作成されたデータを提供するという、学術的に誠実な態度で対応されたことに心から感謝し、また敬服する。この事実を読者の皆さま、ひいては自然科学、社会科学、人文科学を研究しているすべての方々にもお知らせしたい。

 図で右上がりの関係を生み出しているのは、左下にあるアイルランドとギリシャ、右上にあるトルコ、オーストラリア、チリ、韓国、メキシコなどである。

 アイルランドは金融産業の比重が高く、それがサブプライムローン証券などに多額の投資をしていた。銀行が危機になったので、政府が救済に動かざるをえなくなり、財政赤字が拡大した。ギリシャは政府自体の借金が多すぎた。いずれも財政赤字が大きくなりすぎて、公共投資を拡大するどころではなかった。要するに、公共事業を減らしたからリーマン・ショックからの回復が遅かったのではなく、リーマン・ショックの影響が大きかったから公共事業ができなかったという逆の因果関係を示すものではないだろうか。ギリシャとアイルランドを除外すると、統計的関係は失われてしまう。

 右上にあるトルコ、オーストラリア、チリ、韓国、メキシコは、いずれも金融財政両面から景気刺激をしていた。韓国は、ウォン安の影響も大きい。ウォン安が韓国電機産業の躍進、日本電機産業の凋落の一因となったのは間違いない(日本企業の経営ミスがあったことを否定しているわけではない)。オーストラリア以外は途上国に近く、そもそもトレンドの成長率が高く、したがって、GDPの回復力が高かったのではないだろうか。

 また、トルコとメキシコはインフレ率が高く、当然に名目GDPのトレンド成長率も高く、その回復率も大きくなる。インフレ率が高いので、名目の公共投資の伸び率のトレンドも高い。そうでないと、実質の公共投資は減少してしまう。つまり、インフレ率が高いがゆえに、名目GDPも名目公共投資の伸び率も高いという関係を示しているだけかもしれない。図から、トルコ、チリ、韓国、メキシコを除くと、統計的関係はまったくなくなってしまう。

 OECD加盟国を選んだのは、先進工業国のなかで比較したということだろうが、OECDは実際には多様な国を含んでいる。これらの国名を見て、公共投資をしたからGDPの回復が早かったと見るか、それとも、これまでに述べた事情によってGDPの回復が早かった(あるいは、遅かった)と考えるかである。私には、逆の因果関係を示すものか、同質的でない国が入っていることによって生まれた統計的関係に思える。

政策を比較したことにならない


 藤井教授の3つの論点に対する反論をまとめよう。第一の論点への答えは、公共投資をおそらく削りすぎているアメリカでは公共投資の効果があっても、日本では小さいということである。第二の答えは、金融政策に意味があるのは、物価を上げるからではなく、生産と雇用を拡大するからであるということである。第三に、リーマン・ショック後の状況を国際的に比較すると、公共投資を拡大した国ほどGDPの回復が大きかったという教授の分析結果は、金融危機の影響が大きかった国は財政赤字が拡大して公共投資を拡大できなかったという関係を示していたのではないか、ということである。すなわち、得られた統計的関係から、そのような因果関係は主張できないということである。また、OECD加盟国には先進工業国とは言い難い国も含まれているので、OECD加盟国で国際比較をしても、必ずしも同質の国で政策を比較したことにはならないことにも注意が必要である。

原田 泰(はらだ・ゆたか) 早稲田大学政治経済学部教授
1950年、東京都生まれ。1974年、東京大学農学部卒。経済企画庁、財務省、大和総研などを経て、現在早稲田大学政治経済学部教授。東京財団上席研究員を兼務。
著書に、『日本国の原則』(日本経済新聞社/第29回石橋湛山賞受賞)、『TPPでさらに強くなる日本』(PHP研究所/東京財団との共著)ほか多数。