河添恵子(ノンフィクション作家)



反習近平派の金融クーデターか?


 9月3日に北京で行われた「抗日戦争勝利70周年」の式典と軍事パレードは、歴史捏造と軍備拡大と「皇帝・習近平」を内外に誇示しただけの退屈なショーだった。経済損失などお構いなしで中山服姿の本人一人、さぞかし自己陶酔できたのだろうが、中国はいよいよ「伏魔殿国家」の様相を呈している。

 胡錦濤前国家主席の元側近中の側近で、巨額収賄などの容疑で党籍剥奪と公職追放の処分が下った令計画(前党統一戦線工作部長)の弟、令完成らに中国機密資料2700余りが米国へ持ち出されたとされる亡命事件、上海A株市場の大暴落となりふり構わぬ株価維持対策、天津で起きた大爆発、中国人民銀行(中央銀行)による人民元の切り下げなど-世界に異様な姿を晒し続けている。

 人口13億の巨大国家を牛耳る「チャイナセブン(中国共産党政治局常務委員の7人)」は共産主義青年団(団派)、太子党、江沢民派(上海閥)といった派閥だけでは語れない七人七党の総称である。地方の高級幹部なども含め、この瞬間も各自の野望が蠢き、陰謀を企て牽制し合う関係にあると私は考えている。
中国共産党の第18期中央委員会第5回総会で挙手する習近平国家主席(中央)ら=北京(新華社=共同)
中国共産党の第18期中央委員会第5回総会で挙手する習近平国家主席(中央)ら=北京(新華社=共同)
 鄧小平が掲げた改革開放政策以降、中国共産党幹部は各々、一族を手足に「紅い財閥」として醜く肥大を続け、人脈&金脈&利権を国内外に構築してきた。「紅二代(太子党やその子女)」や「官二代(党・政府等の高級幹部の子女)」が国内外で少なからず台頭・暗躍している現実に鑑みても、政権内部の派閥闘争という単純かつ矮小化した見方では、中国の権力構造の実体を表現しきれない。

 歴史的にもそうだったように、それぞれが、米英の国際金融資本家、欧州経済を牽引するドイツ、ロシアといった大国、さらにはアジアの超大物華人財閥と密接なつながりをもっている。そしてそれは諸刃の剣であり、中国の支配体制そのものを破壊する力にもなり得る。

 習政権にとって目下、凶器となりつつあるのが紅・官二代を中心に米国ウォールストリートや香港のシティを主舞台にノウハウを培ってきた金融という“時限爆弾”である。七月に起きた中国A株市場の大暴落について、国内外のメディアや有識者からは、「このような操作が可能なのは、内部の政治状況や中国特有の金融事情に精通している国内の専門家集団」「権力闘争の一環。反習近平派である江沢民・曾慶紅一派の陰謀」などの声が上がっている。

 中国A株市場は、いわば共産党が胴元の「博打場」だ。中国はこの1年余り、「人民日報」をはじめ官製メディアを通じて「AIIB(アジアインフラ投資銀行)、一帯一路プロジェクトなどは株価上昇の材料」と株式市場ブームを煽り立てていた。過熱する不動産市場の抑制策を次々と導入する中での株式市場へのマネーシフトと言われてきたが、ジリ貧の人民の不満の鉾先が習政権へ向かわないようにする思惑もあったはずだ。景気減速下で所得や貯蓄が伸び悩む中、銀行融資は前年比で15%近く増加しており、闇金融も貸しまくり、知識も経験もない十代の個人投資家(股民)すら激増し、個人投資家の大多数が信用取引(借金)でマネーゲームをやっていた。

 挙げ句、億単位の“無知で裸の個人投資家”を巻き込み、「株価と地下が逆連動」という不可解な動きとなり、昨年7月から6月中旬までの1年間で260%まで高騰した上海総合指数は、その後の3週間ほどで40%前後も乱高下した。焦った習政権が公安まで動かし、「悪意ある空売り」を禁じ取締まる体制を整えたことからも「株価暴落は陰謀」説は絵空事と言い切れまい。

 中国へのマネー流入を支えてきたのは香港で、2008年のリーマンショック以降、その傾向は強まっており、「2014年には全体の流入額の7割強を占める」とのデータもある。習主席の政敵、江沢民派の拠点の一つが香港で「江沢民派は2011年から準備を進めてきた。動かせる資金は数兆元に上る」との情報もある。「ハエも虎も叩く」「狐狩り(海外逃亡者を連れ戻す)」と宣戦布告された反習近平勢力が、「中国経済をコントロールできるのはオレたちだ」とその力を誇示すべく反撃に出たのがこのたびの株価暴落だ、との見方だ。あるいは、9月に迫っていたIMF(国際通貨基金)の「特別引き出し権(SDR)」の構成通貨に人民元が採用されること(人民元の国際通貨化)を絶対に阻止したい米国などの国際金融資本の一部が、紅・官二代と結託して仕掛けた「金融クーデター」だったのかもしれない。

 五年前のSDR構成通貨の見直しでは、上海の外国為替市場で事実上の為替管理を続けていることなどが問題視され、辛酸を舐めた経緯がある。ただ、IMFのラガルド専務理事は、この数年、「加えるかどうかの問題ではなく、いつ加えるかの問題だ」と人民元のSDR入りに肯定的な発言を繰り返してきた。ラガルド体制で副専務理事に昇格していた“ミスター元”の異名を持つ朱民(中国人民銀行の周小川頭取と並ぶ中国金融界のエリート)の陰が見え隠れするが、主要7カ国(G7)の欧州メンバー(英独仏伊)も中国依存症に陥りSDR入りに前向きだった。

 確かに近年、アジア周辺国は人民元経済圏として膨張を続けており、香港やシンガポールのみならず欧州やカナダなどでも人民元オフショア・センターが設立され、昨年には英独仏などで人民元決済の銀行も決定している。国際銀行間通信協会によると、2014年12月の世界の資金決済比率で、人民元はカナダドルも豪ドルも抜き、日本円に次ぐ5位に急浮上していた。しかしながら、8月4日に公表されたIMFスタッフ報告は、「現在のSDR構成通貨を2016年9月30日まで維持すべき」との見解で、人民元が早々に採用される可能性はほぼ消えた。

 昨年11月からは上海と香港の両証券取引所による株式越境取引制度も始まり、中国の個人投資家が人民元で本土以外の株式を売買できるようになり、金融規制緩和のステップを具体的に踏んでいるかに「見せて」きた中国だったが、土壇場で再び墓穴を掘ったのだ。