田村秀男(産経新聞特別記者)


 上海株バブルの崩壊、人民元切り下げをきっかけに、中国経済は自壊プロセスに入った。習近平総書記・国家主席の体制延命策は経済・軍事両面での対外膨張であり、決め手は国際金融の総本山、国際通貨基金(IMF、本部ワシントン)に元を国際通貨として認定させ、自前でふんだんに刷れる元を世界中で使えるようにすることだ。安倍晋三政権は北京に甘い財務官僚に任せず、IMFとオバマ政権に対し、元の変動相場制移行と徹底的な金融市場自由化を認可条件として北京に呑ませるよう説得すべきだ。ワシントンはこれまで、元の変動相場制移行が中国市場混乱の引き金になるとみて、北京の小出しの変動幅拡大策を容認してきた。その結末こそが高まる一方のチャイナリスクだ。もはや「中国崩壊」を恐れる理由はどこにもない。

中国膨張の最大の協力者はワシントンだ



 体制崩壊を恐れてきたのは、当の中国共産党指導者たちばかりではない。金融資本主義の本家、ニューヨーク・ウォール街とその利害代表者が牛耳るワシントンは以前からそうだ。エピソードを紹介しよう。

 2001年1月に発足したブッシュ共和党政権はクリントン前民主党政権の露骨なばかりの親中国路線を撤回し、発足当時は対決姿勢をあらわにした。同年4月1日、海南島沖合の南シナ海で偵察活動をしていた米軍機と中国軍戦闘機が空中衝突する事故が発生した直後、国家主席の江沢民がホワイトハウスに電話したが、ブッシュは電話に出ない。6月までに2度目、3度目の電話がかかったが、やはりとらなかった。

 この対決路線には当然、国内の産業界やウォール街から修正を求める声が出る。そこで、まず北京に飛んだのはオニール財務長官(当時)である。同年9月初旬、いわゆる「9・11」同時中枢テロの前日、10日にオニール長官は人民大会堂で江沢民国家主席、項懐誠財政部長と会談した(いずれも当時)。

 オニール長官の回想録“The PRICE of LOYALTY”(「忠誠の代償」)によれば以下のようなやりとりが交わされた。ドルに固定されている人民元制度の改革を求めるオニール長官に対し、項財政相は「人民元はいずれ変動が許されるようになるでしょうが、ちょっとだけ、大幅になり過ぎないほどにと考えている」と打ち明けた。すると、オニール氏は「しょせん中国はまだ統制経済だ。市場資本主義の力にまかせると中国は分裂してしまう」と内心思った。そこで、オニールと江沢民は口をそろえて言った。「忍耐強くしましょう、そして一緒にやりましょう」

 人民元は1997年末以来1ドル=8・27元以下の小数点でしか「変動」しない。米国はその後もことあるごとに人民元改革を求めてきたが、その肝はあくまでも漸進主義による制度改革であり、時間をかけながら「変動を柔軟にする」というわけで、円やユーロなど先進国通貨のような自由変動相場を要求しない。ブッシュ政権2期目には閣僚級の「米中戦略経済対話」が年に1、2度の割合で開かれ、オバマ民主党政権の「米中戦略・経済対話」(年1回)に引き継がれた。人民元問題は絶えず主要テーマになるものの、変動相場制移行を急がない「オニール・江沢民合意」では一貫している。
1月13日、中国海南省海口市の証券会社で、頭を抱える個人投資家(共同)
1月13日、中国海南省海口市の証券会社で、頭を抱える個人投資家(共同)
 変動相場制がなぜ、中国分裂につながるのか。小平が打ち出した「社会主義市場経済」は党による指令で成り立ち、毛沢東以来の「5カ年計画」をベースにしている。党中央委員会が決める5カ年計画の目標達成に向け、毎年秋に開かれる党中央全体会合で翌年の経済成長率を決議し、翌年3月の全国人民代表大会(党主導の国会)での承認を経て行政府(国務院)が成長率達成に向けて経済政策を実行する、という仕組みだ。この場合、元相場はできる限りドルに対して固定、または一定の水準で安定させる必要がある。変動相場制で元相場が大きく振れるようだと、中長期の経済計画の作成は困難で、毎年大幅修正を迫られる。

 変動相場制になれば、市場の需給関係に相場形成がゆだねられるので、カネの自由な流れが前提になる。つまり株式市場を含む金融市場全体の自由化が変動相場とセットになる。すると党が中央銀行の中国人民銀行や国有商業銀行に指令し、金融市場を支配することは無意味になる。カネの創出と流れを決めることができなくなり、党指令型経済は消滅する。独裁政党がその権力を裏付けるカネの支配権を失えば、政治的影響力を喪失する。権力を握ろうとする複数のグループが政党を結成して競争し、複数政党制へと変革されていくが、「流沙の民」と孫文が嘆いた国である。多様な考え方、民族、地域、階層を一つにまとめる民主主義に収斂する可能性は少なく、大陸は分裂して大混乱に陥るとは、西側の専門家でも多数を占める見方だ。

 民間資本にとってみても、米国に次ぐ巨大な市場である中国の分裂や混乱はまずい。米企業の場合、自動車のビッグ3からアップル、マイクロソフト、デルなど情報技術産業にいたるまで、中国市場にどっぷり依存している。ゴールドマン・サックス、シティ・グループなど金融資本は北京から与えられる証券発行の幹事や米国債ディーリングなどの巨大特権を享受してきた。政情不安はもとより、党指令による市場経済だからこそ獲得できる権益が金融自由化で失われることを恐れる。前述したオニール氏の見方が共産党指導者たちと共有されるはずである。

 北京は現行の人民元制度を「管理変動相場制」と呼んでいる。オニール会談のあともしばらくドル相場に固定する「ペッグ(釘付け)」を続けたあと、管理変動相場制に移行した。基本的なやり方は、外為市場を操作してドルに対してごく小さな幅の中で変動、安定させるわけで、2005年7月に2%余り切り上げた後、人民銀行が前日終値を翌日の基準レートとし、その上下各0・3%までの変動幅を許容するようにした。以来、小刻みに切り上げ、元相場が安すぎるという米議会の不満や柔軟な制度を求める米政府の要求をかわし続けてきた。2008年9月のリーマンショック後はいったんペッグ制に戻したあと、10年6月に再び管理変動制に戻し、変動許容幅を上下1%にした。14年3月にはさらに幅を同2%に広げ、15年8月11日に元切り下げに踏み切ったが、小幅に変動をとどめるやり方を堅持している。

 ワシントンもIMFも是認してきた管理変動相場制は中国の高度成長の主軸となってきた。ドルに対して安定し、しかも小幅に上昇する元は中国市場に進出する外資にとって魅力的で、先端技術を携えた外資による直接投資が活発に続く。中国企業は香港に別会社を設立し、さらに帳簿上だけの法人をカリブ海などのタックスヘイブン(租税回避地)に設立し、今度は外資を装って本土に投資して優遇措置を受ける。東南アジアなどの華僑系資本、日本や米欧、韓国、台湾の企業も香港を経由して大陸に向かう。