矢板明夫(産経新聞中国総局特派員)


 中国の首都、北京で9月3日に抗日戦争勝利70周年の軍事パレードが世界中で注目されるなかで行われた。「パレードブルー」と呼ばれる快晴の下、北京市中心部を東西に走る長安街の大通りを約1万2千人の人民解放軍の兵士たちが軍靴を響かせて行進した。戦闘機200機あまりの飛行や、初公開の武器など500点強の軍装備を披露し、中国の軍事大国ぶりを内外に誇示した。

 しかし、この日の主役である習近平国家主席は始終、さえない表情をしていた。車に乗って解放軍の隊列を検閲したときも、高揚感はまったくなく、ひどく疲れた様子だった。国内のメディアを総動員して宣伝し、長い時間をかけて準備した大きなイベントにも関わらず、内外から多くの批判が寄せられ、欧米などの主要国に参加をボイコットされたことは習氏にとって想定外だったに違いない。習氏の表情には、その悔しさが出ていたのかもしれない。

 一方、習氏と比べて、一緒に天安門楼上に並んだロシアのプーチン大統領や、久々に表舞台に登場した江沢民元国家主席ら党長老たちは、最後まで、リラックスした表情で手を振り、元気な姿をみせ続けた。脇役であるはずの彼らは、今回の軍事パレードを通じて習氏よりも多くのものを手に入れたからかもしれない。
「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利70周年」の記念行事に臨む(左から)ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席、韓国の朴槿恵大統領=2015年10月3日、北京(新華社=共同)
「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利70周年」の記念行事に臨む(左から)ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席、韓国の朴槿恵大統領=2015年10月3日、北京(新華社=共同)
 クリミア併合問題で欧米や日本などから経済制裁を受け、国際社会から“村八分”にされたプーチン大統領には、自身の存在感を示す大きな晴れ舞台が提供された。軍事パレードのメインゲストとして習氏の隣に立ち続け、中露の蜜月ぶりを演出し、国際社会の孤立と国内経済低迷を払拭し、ロシア国内の支持者を勇気づけようとする思惑もあったとみられる。

 また、これまで失脚説が何度も流された江沢民氏にとって、自身の健在ぶりを示す最高の場面となった。習国家主席が主導する反腐敗キャンペーンで、江氏の側近だった周永康・前政治局常務委員や、徐才厚前軍事委員会副主席らが次々と拘束されたことで、習派と江派の対立が深刻化したといわれる。式典の約2週間前の8月中旬、米国を拠点とする中国語ニュースサイトには、「江沢民氏が天津市の爆発に関与したとして拘束された」との情報が流れた。北京の当局関係者はすぐに否定したが、習派が江氏の影響力を低下させようとして流した偽情報の可能性が指摘された。

 この日の軍事パレードで、江氏は強い日差しの中を約2時間立ち続ける壮健ぶりを見せた。また、親族の不正蓄財で調査を受けていると香港メディアに伝えられた曽慶紅元国家副主席や、李鵬元首相、温家宝前首相らも楼上から笑顔で手を振った。党長老たちは、習氏が最近、官製メディアを使って自身への個人崇拝を進めていることや、反腐敗の名目で政敵を次々と倒していくやり方に不満を募らせている。今夏に開かれた、共産党内の現、元最高幹部による北戴河会議でも、習氏らに対して長老からは批判が集まったとされる。

 ある共産党関係者は、「今回の軍事パレードは習氏にとって権力集中を誇示する晴れ舞台であり、長老たちに出てきてほしくないのは本音だ」と説明した。中国で10年ごとに行われる建国記念日を祝う軍事パレードに、党長老を招待する慣習はあったが、今回は抗日戦争をテーマに行われた初の式典。しかも約30人もの外国首脳を招待した。場所が狭いことなどを理由に、天安門楼上ではなく、長安街沿いに長老たちのために特別観覧席をつくるという選択肢もあった。

 しかし、結果として98歳の宋平・元政治局常務委員を含めて、存命中の約20人の長老は全員、天安門に上った。共産党関係者は「それを阻止できなかったことは、習氏にとって大きな誤算であり、政治力がまだ不十分であることをも内外に示す結果となった」と指摘した。

 習陣営にとって一つだけ“朗報”があった。今回の軍事パレードに出席した、胡錦濤前国家主席の手が微かに震え続けていたことがテレビを通じて流れたことだ。「パーキンソン病など病気を患っているのではないか」といった憶測がインターネットに次々と書き込まれた。習派にとって間もなく90歳を迎える江氏よりも、3年前に引退した72歳の胡錦濤氏の方が大きな脅威になっている。胡氏の健康不安が国民に広く知られることになれば、その影響力が低下することは必至で、現在の指導部による政権運営がやりやすくなる可能性もある。