神田知宏(弁護士・弁理士)



 最近、「忘れられる権利」に関する記事を目にする機会が増えました。ただ、権利の意味や使われ方は、記事によってさまざまです。

 まず、この言葉が日本で注目され始めたのは2012年ころです。EUデータ保護規則案で提唱された「the right to be forgotten」が翻訳され紹介されました。権利の内容としては、個人に関するデータをインターネットから削除するよう求める権利であり、請求相手は、Google等の検索事業者には限定されていません。

 次に日本で「忘れられる権利」が大きく報道されたのは、2014年5月13日のEU司法裁判所が出した判決です。この判決は、検索事業者であるGoogleに対する、検索結果の削除請求を認めています。判決内では「right to be forgotten」という表現も使われています。この判決と報道の影響により、日本でも「忘れられる権利」といえば、Googleなどの検索事業者に対し、検索結果を削除請求できる権利、と認識する人が増えたのではないでしょうか。

 日本の報道では、これらに加え、企業・個人に対する名誉毀損情報、個人に対するプライバシー侵害情報といった、違法情報の削除請求権についても、「忘れられる権利」と表現されているケースがあるように思います。

 このように、まだ定義がしっかり定まっていない「忘れられる権利」ですが、どの定義で使う人でも、基本的な考え方は同じです。この権利の説明では「人の噂も七十五日」が枕詞のように引用されています。かつては、どんな噂も75日も過ぎれば話題に上らなくなるから、人の噂をいちいち気にする必要はない、と言われていました。これに対し、インターネットは決して忘れません。データと記録媒体のメンテナンスさえしっかりしていれば、半永久的に記録が残ります。インターネット以前は、他人に自分の情報を忘れてもらい、また、自分も他人の情報を忘れることで、人間関係や社会生活がうまく回っていた側面があったと思います。しかし、今ではインターネットが忘れないことで、人間関係にも社会生活にも歪みが生じています。もちろん、インターネットに情報が残り続けることで、精神的・肉体的に被害を受けている人も珍しくありません。これらの問題を解決すべく考え出されたのが「忘れられる権利」なのです。