丸橋 透(ニフティ株式会社理事・法務部長)


 いわゆる「忘れられる権利」は、グーグルに検索結果の削除を命じた欧州司法裁判所判決を契機として注目され、主に検索エンジンに対し削除請求する局面で語られている。氏名など特定の人物を示す検索語により検索した結果であるタイトル、スニペット、検索先ウェブサイトのURLを非表示(又は当該ウェブサイトを検索対象からの排除)とすることを請求するものである。

 しかし、EUの個人情報保護法制は検索エンジンに特化して個人データの消去(削除)権を定めている訳ではなく、あらゆる個人が一定の場合に自己の個人データの消去を請求する広範な権利を与えているものである。この消去請求権を強化するものがいわゆる「忘れられる権利」である。

 プライバシー侵害により消去を求める場合、わが国の民事法制上の根拠は、個人の人格権に基づく妨害排除請求(差止請求)権である。このうち「忘れられる権利」の行使に相当するのは、自身の過去の犯罪、行政処分その他の不名誉な行状に関する報道やそのコピー、行状に対する論評記事に対して削除を求めるものといえよう。

 削除を求める根拠は、犯罪、行政処分その他の行状に関する報道等が当時は合法だったとしても、時の経過があり当時の正当性は無くなっている、更正が妨げられている等、現時点では人格権を侵害しているというものである。
 ニフティも検索サービスを提供しており、まれに検索結果の非表示を請求されることがあるが、ニフティに対する請求のほとんどは、ホームページやブログの記事に対する削除請求である。

 プロバイダとしてのニフティは、裁判例やプロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会の定める名誉毀損・プライバシー関係ガイドラインを参考にして日々削除請求に対応しているが、「忘れられる権利」の行使に相当する削除請求を認めるかどうかの判断は難しい。同ガイドラインに参照されている裁判例で直接参考になるのは12年前の傷害の前科をノンフィクション作品として取り上げたことが権利侵害にあたるとした「逆転」事件だけである。この事件の高裁判決は、犯行後相当の年月が経過し、犯人に対する刑の執行も終わったときは、その前科に関する情報は、原則として、未公開の情報と同様、正当な社会的関心の対象外のものとして取り扱われるべきであり、実名による犯罪事実の指摘・公表は、特段の事由がない限りプライバシーの侵害として許されないとする。