潮匡人(拓殖大学客員教授)


“ほめ殺し”は止めよう


 平成二十七年九月三十日、平和安全法制(いわゆる安保法制)が公布された。今後、半年以内に施行される。

 今回すべてのマスコミが「安全保障政策の大転換」(NHKほか)と報じたが、本当にそうか。法案に反対した護憲派メディアは非難する意図から、保守派も賛成する意図から、そう報じたが、どちらも正しくない。前者は論外だが、後者もいただけない。私に言わせれば、“ほめ殺し”である。

 平和安全法制については、月刊「正論」誌上で詳論する機会を与えていただいた。拙稿をアップデートした新刊『護憲派メディアの何が気持ち悪いのか』(PHP新書)も上梓した。テレビ番組にも出演した。「夕刊フジ」でも連載した。繰り返し述べてきたとおり、私が下す法制への評価は〇でも×でもなく、△である。「戦争法案」と非難するのは論外だが、手放しで評価するのもおかしい。

 平和安全法制は多くの課題を残した。本来「シームレス」(=切れ目のない)な「安全保障法制」のはずが、結局いくつも「切れ目」を残した。おかげさまで拙著は発売早々、異例の大増刷が決まったが、私の筆力が乏しいせいか、平和安全法制が積み残した課題がいまだ理解されていない。虎の威を借りよう。

 終盤国会となった九月八日の参議院平和安全法制特別委員会は参考人質疑を実施した。与党推薦の神保謙参考人(慶応大准教授)が以下のように述べた。
「安保法案をめぐる最大の論点は、この法案がシームレスな安全保障体制を確保できているかどうかということにある。その点に関し、私は研究者という立場から、この法案は十分でないと考えております」

 そのとおり。皮肉にも、これが今国会中、最も鋭い批判となった。本来なら、野党やマスコミが指弾すべき問題点であろう。

北朝鮮の弾道ミサイル攻撃に備え、防衛省に配備された地対空誘導弾パトリオット(PAC3)=1月29日午後、東京都新宿区の防衛省(宮崎瑞穂撮影)
北朝鮮の弾道ミサイル攻撃に備え、防衛省に配備された地対空誘導弾パトリオット(PAC3)=1月29日午後、東京都新宿区の防衛省(宮崎瑞穂撮影)
 あっさり言って、ショボい法案である。だが、ないよりはマシ。現状より多少は改善する。私は何度もそう書いた。

 ところが、護憲派はそう考えない。それどころか、「戦争法案」と誹謗した。いったい、どの条文を読めば、そう思えるのか。いや、条文も読まず「戦争法案 絶対反対」と叫んだ。たった10条しかない条約を読まず「安保反対!」と合唱した世代を思い出す。当時も護憲派メディアが「反対」を煽った。護憲派批判は拙著や月刊「Voice」十二月号掲載予定の拙稿に譲り、いま一度、虎の威を借りよう。

 神保准教授は十月十四日放送のBSフジ「プライムニュース」でも「グレーゾーン事態」を挙げ「シームレスな安全保障体制を確保できていない」と指摘した。おっしゃるとおり。具体例を最新刊コミックから借りよう。かわぐちかいじと惠谷治のベストセラー共著『空母いぶき』(小学館)は、中国人による尖閣諸島への上陸場面から始まる。

 そうした「グレーゾーン事態」で平和安全法制は何ができるか。実は何もできない。閣議の手順が迅速化されただけで、法整備は一条文も図られなかった。
「日本を、取り戻す。」――安倍晋三総裁がそう宣言した自民党の「重点政策2012」は「領海警備を強化する法律の制定に取り組みます」と明記。「『国家安全保障基本法』を制定します」とも明記した。だが、その公約は今度も果たされなかった。

 法案可決成立の直前となった九月十六日、ロイターは《安保法制で転換迎える日本、「普通の国」なお遠く》と題した記事を報じた。記事は導入部分でこう報じた。
《自衛隊と米軍は中国を想定した備えができるようになるが、日本は「イスラム国」空爆のような作戦には今後も参加できず、英国やオーストラリアといった「普通の国」とは、まだ開きがある。/自衛隊の役割拡大に対する米国の期待が過剰に高まれば、かえって日米関係がぎくしゃくするとの指摘もある》

 そのとおり。皮肉にも、これが関連報道中、最も鋭い批判となった。日本の護憲派マスコミは一度もこうした鋭い批判を加えなかった。誤報や捏造、扇情的な偏向報道を繰り返しただけだ。