原田泰(早稲田大学政治経済学部教授)

日本のGDPは公共投資が減っても増加している


ケインズ政策の前提が崩れている


 アベノミクスの第二の矢、機動的な財政政策の効果は小さい、と議論することには反発があるようだ(本誌2014年5月号、藤井聡「ついに暴かれたエコノミストの『虚偽』」)。しかし、それが事実である以上、そう主張するしかない。

 なぜ事実であると考えることができるのか、を説明する前に、アベノミクスの第一と第三の矢についても簡単に書いておきたい。これらについては、本誌2013年5月号「TPP交渉参加で甦る日本」、2014年3月号「法人税減税とTPPで復活する日本」でも書いたことだが、その後の進展もあるので、追加的に説明したいことがある。

 第一の矢、大胆な金融緩和については、そうすることが確実になって以来、雇用、生産、消費、すべての経済指標が好転し、消費者物価上昇率も1%を超えてデフレ脱却が確実になっているのだから、効果のあることは明らかである。

 株が上がって一部の金持ちが得をしているだけだという批判があったが、4月1日に発表された日銀短観でも、中小非製造業の業況判断(「良い」-「悪い」)が、22年ぶりにプラスとなった。公共事業拡大の恩恵を受けている建設業、砂利採取業を除いて平均を取ってもプラスになっている。これは戦後最長の景気回復となった小泉内閣下の景気回復でもなかった(だから、実感なき景気回復といわれた)。金融緩和の効果が中小企業にまで波及しているということである。

 第三の矢については、成長戦略が規制緩和、貿易・投資の自由化、雇用の促進なら効果があるが、特定の産業に補助金を付けてもうまくはいかない、と私は書いた。規制緩和は重要であるが、なかなか大きな効果があるものを見出すのは難しい。女性の活用、TPP、法人税減税などは大きな効果があると私は考えているが、政府もその方向に向かって進んでいくようである。

 第二の矢、機動的な財政政策については効果が小さいと書いた。その後の進展を見ると、私の正しさがさらに明らかになっている。それは、建設工事費が上がっていることである。

 ケインズは、失業者がいるのだったら、穴を掘ってまた埋めるような仕事でも、失業させておくよりマシだといった。賛成はしないが、一理はある。失業者にただお金を配って生活できるようにするより、そうしたほうがよいかもしれない(もちろん、有益な公共事業をすればなおさらよい)。

 しかし、建設工事費や建設労働者の賃金が上がっているということは、その分野ではもはや資材や人は余っていないということである。ケインズ政策を行なう前提が崩れている。

 なぜ公共事業の効果は小さいのか

 建設工事費が上昇しているということは、私が考えていた以上に効果が小さくなっているということだ。では、なぜ私は公共事業の効果が小さいと述べてきたのか。その理由は以下のとおりである。

 まず第一に、公共事業をするとは、建設国債を出して建設投資をするということだから、それをしない場合より金利が上がって、民間の投資を押しのけてしまうからである。これはクラウディング・アウトといわれるものである。

 第二に、金利が上がれば資本が流入して円高になる。円が上がれば輸出が減少して、公共事業の刺激効果を減殺するからである。これはマンデル=フレミング・モデルといわれるものの結果である。なお、クラウディング・アウト、マンデル=フレミング・モデルの意味するところは、「公共投資で景気を刺激したいのなら、同時に金融を緩和しなければ効果はない、もしくは減殺される」ということである。

 第三に、効果の小さい公共事業をすればそれだけ将来は貧しくなるということだから、消費が減る。東日本大震災の復興工事で巨大な防潮堤や高台の団地を造成しているが、そこに住む人はいないという状況が生まれるだろう。いくら災害から守っても、守られるべき人がいなければ無駄な投資ということになる。

 第四に、国の借金が増えれば将来には増税が必要になるわけだから、そのためにいま貯蓄して将来の増税に備えるので消費が減る。この説明に対して多くの読者は、そんなことは非現実的だと思われるだろうが、年金や高齢になったときの医療費、介護費などについて考えれば、それほど非現実的でもない。国の借金が巨額になれば、国家は将来の社会保障支出を賄えないので、自分で準備するしかない、すなわち、貯蓄するしかないと思っている方は多いだろう。

 第五は、すでに述べた公共事業が民間の建設投資を押し出してしまう効果である。建設クラウディング・アウトと呼ぶことにしよう。日本には、東日本復興、福島原発事故の処理、東京オリンピックという、しなければならない建設工事がある。被災地域の生活を取り戻すためには、住宅と漁港や水産加工所などの再建が何よりも必要だ。福島原発から放射能が漏れないようにするためには、地下水が流れ込まないように周りを遮水壁で囲まなければならない。核燃料を取り除くためには巨大なクレーンをつくらなければならない。東京オリンピックのためには斬新なデザインの新国立競技場、その他の会場、交通インフラの追加的な建設をしなければならない。要するに、巨大な建設事業をしなければならない。

 しかし不要不急の工事をすれば単価が上がって、他の必要な建設工事の妨げになる。第二の矢の財政拡大政策は再考すべきときである。東京赤坂の高級マンションで上下水道に必要なパイプを通す穴が開いていなかった事故、沖ノ鳥島に桟橋をつくる工事で死者が出た事故、これらは日本の建設業の人材が払底していることを示唆するものである。政府は、公共事業を削減するより外国人労働力によって公共事業をしようと考えているらしい。自国民の雇用をつくるためなら多少の非効率にも意味があるが、他国人のためにそうする必要はないと私は思う。

 政府支出で雇用をつくるなら、できるかぎり特定の支出に偏らないほうが望ましい。特定の支出に傾けば、供給のボトルネックが生まれて価格が上昇し、雇用拡大効果を阻害する。

 ついでながら、私がいつも不思議に思っていることがある。公共事業の好きなエコノミストは立場的に右派である方が多い。右派なら公共事業より防衛費増額に力を入れるべきではないか。防衛備品の製造は広範な産業を潤し、自衛官であれば希望者も多い。ボトルネックを気にすることなく、景気刺激効果を得られるはずだ。公共事業に国費を投ずれば、防衛費の増額が難しくなる。

他の不況要因を除外して考えるべき


 以上述べた、公共事業の景気刺激効果を削減する理由は、いずれも理論的な可能性である。ただし、最後の理由は、価格上昇によって、すでにそれが事実であることが実証されている。他の理論的な可能性が事実であるか否かは、実証的な方法によって決着をつけなければならない。

 しかし、そうすることはかなり複雑な仕事になる。景気が良くなったのが、公共事業をしたことによってかどうかを判断しなければならないのだが、海外の景気が良くなって輸出が増えて景気が良くなることもあるし、なぜか技術革新によって画期的な新製品が多数登場し、景気が良くなることもありうる。そのような公共事業と関係のない要因を取り除いて、公共事業を増やすとどれだけGDPが増えるのかを検証しなければならない。

 また、金利が上がって民間の投資を押しのけるとか、金利が上がれば円高になって輸出が減少するとかいう因果の連鎖が必ずしも現実に見えるわけではない。円高で輸出が減れば所得が減って、金利は上昇しない。だから、金利が上がらないことはマンデル=フレミング・モデルが間違っていることの証明にはならない。

 さらに難しい問題がある。財政金融政策が発動されるのは不況だからである。すると不況期に公共事業を増加させ、中央銀行が直接コントロールできるお金、マネタリーベースを増大させることになる。ただ単純にデータだけを見ると、公共事業やマネタリーベースが増えているのにGDPが低下している、ということになりかねない。ここでも他の不況要因を除外して、純粋に財政金融政策の効果を見ないといけない。

 こういう複雑な事情を考慮しなければならないときには、マクロ計量モデル、時系列モデルという2つの方法がよく使われる。動学的確率一般均衡モデルという方法もあるのだが、それによる財政金融政策の効果を簡単に日本語で紹介した論文はないようである。

 マクロ計量モデルによる近年の結果では、1兆円の公共事業をするとほぼ1兆円のGDPが増えるという結果になる。GDPとは民間と政府のすべての支出を足したものだから、政府支出を増やせばそのぶんだけGDPが増えるという結果である。公共事業の額の何倍GDPが増えるかという数字を乗数というが、これは乗数が1ということである。乗数というほどの効果はないことになる。

 さらに、これは公共事業を拡大するとともに金融政策も発動した結果であり、金融政策を発動しない場合には乗数は1以下になってしまう。

 時系列モデルでも、最近の分析では、金融政策の効果はあるが、財政政策の効果はない、または小さいという結果になる(以上の判断は、原田泰・増島稔「第8章 金融の量的緩和はどの経路で経済を改善したのか」吉川洋編集『デフレ経済と金融政策』所収、慶應義塾大学出版会、2009年、飯田泰之「第6章 財政政策は有効か」岩田規久男・浜田宏一・原田泰編著『リフレが日本経済を復活させる』所収、中央経済社、2013年、中里透「デフレ脱却と財政健全化」原田泰・齊藤誠編著『検証:アベノミクス(仮題)』所収、中央経済社、2014年近刊によるさまざまな論文の紹介に基づく)。

公共投資が増えてもGDPは増えていない


 以上、ここまで本誌で26行かけてモデルの実証結果について書いたことは、専門家が面倒なことをして得た結果だから信用してくれ、といっているだけである。これでは本誌の読者には納得いただけないだろう。また、もし、財政政策や金融政策に本当に効果があるのなら、それほど面倒なことをしなくても効果のあることを示唆することはできるはずだという議論はありうる。

 そこで、以上述べたことをグラフによって示したい。
 図1は、1980年から95年までの実質GDP、実質公共投資(公的固定資本形成)、マネタリーベースを示したものである。図で明らかなことは、順調に伸びてきたGDPが90年代以降、停滞していることである。マネタリーベースはGDPの停滞に先立ち、伸びが鈍っている。ここから、マネタリーベースの停滞がGDP停滞の原因かもしれないと示唆される。一方、公共事業は1987年にはGDPを引き上げたと見えないこともないが、その後、伸びが停滞しているにもかかわらずGDPは伸びている。さらに、91年後半から公共事業が増加しているにもかかわらずGDPは増加していない。
  図2は、1996年から2014年までのデータを示したものである。2001年から06年までマネタリーベースが増大するにしたがってGDPが増えている。ただし、2006年からマネタリーベースが減少しているにもかかわらず、GDPが減少するのはそれから2年たってからである。2年のラグは長すぎるから、マネタリーベースとGDPの関係はこの期間では強くないともいえる。しかし、アベノミクスが始まってからは、マネタリーベースの伸びがGDPの伸びをもたらしたように見える。

 公共投資はグラフの期間中、ほぼ継続的に低下しているなかで、GDPは何とか伸びている。しかし、1998年のGDPの低下と公共事業の低下は連動している。また、アベノミクスが始まってからでは、公共事業の拡大と景気回復は連動している。

 以上のように、グラフを見たところでは、マネタリーベースがGDPと連動している期間が、公共投資がGDPと連動している期間よりも長い。このことが、厳密な実証分析によって、金融政策は効果があるが、財政政策の効果は小さいという結論になる理由であろう。

 ちなみに公共投資とGDPの関係を相関係数という統計的尺度(1であれば完全に連動し、ゼロであれば関係がなく、マイナス1であれば完全に逆に連動している)で見ると、1980~95年では0.849、1996~2013年ではマイナス0.886となる。相関係数がマイナスであるとは、公共投資を減少させるとGDPは増大する関係があるということである。これは図2を見れば当然の結果であろう。公共投資が減ってもGDPは増えているからである。

 一方、マネタリーベースとGDPの相関係数は、1980~95年では0.991、1996~2013年では0.766となる。これは関係があるということである。

2006年にも相関関係は見られる


 以上の説明では、私は物価と財政金融政策の関係は重視していない。その理由は、1つは与えられた紙幅の制約だが、財政金融政策が重要なのは、それによって物価が上がることではなくて、実質GDPが上昇することであるからだ。財政金融政策が物価を上げるだけなら、そんな政策を発動する必要はない。

 1990年代以降の政策論争で物価を上げることが課題となったのは、デフレがGDPを押し下げていることで、その克服が重要目標となったからである。その結果、財政金融政策で物価を上げ、それによって実質GDPが上がるかどうかが問題となった。しかし、金融政策の効果は、物価だけでなく、為替レートや資産価格等、多くの経路を辿って実質GDPに影響を与えるものである。そのような因果の連鎖を縷々書き連ねることには、本誌はふさわしい媒体ではないだろう(これに関心のある方は前述の原田などの論文を読んでいただきたい)。要するに、物価は中間目標で、実質GDPと雇用の拡大が最終目標である。財政金融政策に効果があるかは、実質GDPを引き上げるかどうかで判断すべきである。

 しかし、1つだけ指摘しておきたい。図3は市場関係者の予想インフレ率(ブレーク・イーブン・インフレ率と呼ばれるもの)とマネタリーベースを示したものである。予想インフレ率とマネタリーベースのグラフだけを見て、「予想インフレ率とマネタリーベースは2009年以降では関係があっても、それ以前では関係がないではないか」という議論がある。しかし、2006年のマネタリーベースの縮小とともに、予想物価上昇率も低下している。それを示すのが、マネタリーベースと予想インフレ率の関係を示す関係式を推計して、それから得られる予想インフレ率をプロットした線である。これによれば、マネタリーベースの縮小が予想インフレ率を引き下げたことは明らかである。
 ちなみに、予想インフレ率とマネタリーベースの相関係数は、2004年から08年8月(リーマン・ショック直前まで)では、0.627となる。図から3カ月のラグがあるようなので、そのラグを付けると0.801と高くなる。

 ただし、リーマン・ショックのときのインフレ率の低下はマネタリーベースでは説明できない。要するに、予想インフレ率とマネタリーベースは関係があるが、その関係式はリーマン・ショックの前と後とでは変わってしまったということである。しかし、日本の実質輸出が月次で見て4割も激減するなど、あれだけの大きな出来事があれば変わってしまうのは仕方がないではないか。

ゴーストタウンより社会保障と防衛費を


 財政政策が実質GDPを引き上げない、またはその効果は小さいと考えられる5つの理由を挙げた。たしかに、高度成長期には公共事業の効果は大きかっただろう。道路や鉄道をつくれば、工場が来て、仕事ができる。人びとはそこで働くのだから、所得が増える。ところが、その後、公共事業をしても人が来ないようになってしまった。典型的なのは、震災対応の公共事業である。阪神・淡路大震災で壊滅的な被害を受けた長田区に過大な商業施設をつくったが、テナントが入らずゴーストタウンになっている。神戸でもゴーストタウンになるなら、被害を受けた東北の町々もそうなるだろう。本当に効果的な震災復興策を考えなければならない(詳しくは、原田泰『震災復興 欺瞞の構図』新潮社、2012年を参照されたい)。

 1980年代以降のデータを虚心に見ても、財政政策の効果が小さくなっているのは明らかであり、金融政策だけでも、景気は刺激されるとわかった。であるなら、景気対策は金融政策を中心に考え、財政政策は税収の制約を考慮して、長期的に必要な支出に振り向けることが肝心である。日本は、社会保障支出の拡大だけでなく、防衛費の増大も必要になる可能性が高い。ゴーストタウンをつくる余裕はない。

原田 泰(はらだ・ゆたか) 早稲田大学政治経済学部教授
1950年、東京都生まれ。1974年、東京大学農学部卒。経済企画庁、財務省、大和総研などを経て、現在早稲田大学政治経済学部教授。東京財団上席研究員を兼務。
著書に、『日本国の原則』(日本経済新聞社/第29回石橋湛山賞受賞)、『TPPでさらに強くなる日本』(PHP研究所/東京財団との共著)ほか多数。