伊藤元重(東京大学大学院教授)

 20年以上続いた経済停滞から日本経済を再生させるのは容易なことではない。国民も企業もいまだにデフレマインドにどっぷりと漬かり、本格的に回復する兆しを見せない。国民の多くはまだデフレ脱却に懐疑的である。消費を増やすよりは、老後に備えて貯蓄に回す人が多い。企業はアベノミクスのおかげで手元に潤沢な資金を蓄積してきた。市場から資金を調達しようとすれば、かつてないほどの低金利で調達できる。それでも国内への投資は増えていかない。

五右衛門風呂状態の日本経済


 人口減を考えると、5年後、10年後の日本経済の市場規模が拡大するとは思われない。そう考えている経営者も少なくないようだ。このように冷え切った消費や投資を拡大させていくことは容易ではない。しかし、消費や投資が増えていかない限り、経済が拡大していくこともないのだ。

 アベノミクスの効果がなかったわけではない。この3年の成果をみると、為替レートは円高修正を果たし、株価や企業収益も大幅に改善している。政府の税収も3割以上増大し、雇用にいたっては過去23年で有効求人倍率が最高の水準になるまで改善を続けている。

 これだけの数字を並べれば、アベノミクスの効果がなかったとは言えないはずだ。ただ、それでも肝心な消費や投資が増えていかないので、景気が回復したという実感が持てないのだ。

 日本経済は例えて言えば、五右衛門風呂状態にあるようだ。金属でできた風呂釜は下から温めて熱くなっている。しかし、中に入っている肝心の水はなかなか温まっていないのだ。風呂釜は株価や企業収益や雇用の数字であり、中の冷え切った水は消費や投資を意味している。風呂釜を熱くすることには成功したが、中の水を温めるのは簡単ではないということだ。バブル崩壊後の失われた20年の影響はそれほど大きい。また、少子高齢化と人口減少という構造的要因の影響も非常に大きい。

企業が動くことが重要だ


 アベノミクスのデフレ脱却は第2ステージに入っている。風呂釜を温めるのが第1ステージであれば、中の水を温めるのが第2ステージだ。その鍵を握るのは、政府の議論の中でもしばしば出てくるように、賃金と投資なのである。

 賃金が上昇していくことは、持続的な物価上昇につながるだけでなく、消費を拡大させる要因ともなる。企業が投資を拡大させていくことは、需要面から重要であるだけでなく、持続的な成長を支える生産性向上やイノベーションという供給面からも重要となる。

 企業の手元の資金がないのであれば仕方ないが、潤沢な資金があっても国内投資を控えているということは、日本経済全体にとって大きな損失となっている。難しいのは、賃上げも投資も、その決定権は政府ではなく、企業にあるということだ。企業が自ら動かないかぎりは、何も変わらない。