門田隆将(ノンフィクション作家)
櫻井よしこ(ジャーナリスト)

時を超えた恩返し


櫻井 門田さんが書かれた『日本、遥かなり——エルトゥールルの「奇跡」と邦人救出の「迷走」』(PHP研究所)は本当に素晴らしい内容でした。関係者に徹底した取材を行ない、なおかつ、一連の取材には血が通っています。多くの人の感動を呼ぶのは間違いないと思います。私も読んでいて、幾度も涙がこぼれました。

門田 ありがとうございます。

櫻井 1890年のエルトゥールル号遭難事件は、知る人ぞ知るエピソードです。和歌山県串本で難破したトルコ軍艦エルトゥールル号の乗組員を日本人の漁民たちが懸命に救助し、69名のトルコ人の命を救いました。いちおう知っている話でありながら、門田さんが詳細に掘り起こしたことで、ある意味、新しい大きな感動を与えてくれます。

門田 しかもこの事件に先立つ1886年に、ノルマントン号沈没事件が発生しています。エルトゥールル号と同じ紀伊大島沖で、イギリス船籍の貨客船ノルマントン号が座礁し、沈没した事件です。欧米人は船長以下、26名が救助されたのに対し、日本人の乗客25名は誰1人、助からなかった。にもかかわらず、当時、日本は欧米列強と不平等条約を結んでいて治外法権だったため、有色人種を見殺しにした船長は職務怠慢罪でわずか禁固3カ月、他の船員は無罪、という軽い判決でした。「人種差別」という言葉が、衝撃とともに日本中に広がったのです。

 「もう2度と、外国船など助けるものか」という風潮が広まっても不思議ではない状況です。しかし、そのノルマントン号沈没事件からわずか4年後、傷だらけで崖を登ってくる見知らぬ異国人を、同じ紀伊大島の人びとはなおも必死で助け出した。なぜなら、彼らにとっては「難儀したときに互いに助け合うのは当たり前のこと」だったからです。

 そんな日本人の姿はトルコ人たちの胸を打ちました。エルトゥールル号のエピソードは、トルコでは小学校の教科書にも紹介されてきたのです。

そのような日本人への感謝が1985年、イラン・イラク戦争のときに報われます。サダム・フセインのイラク軍がイラン上空を戦争空域に指定し、日本からの救援機が来ないため出国できない200名以上の邦人に対し、トルコが航空機2機を派遣して救出した「時を超えた恩返し」の実話です。

櫻井 本書の優れた点は、エルトゥールル号遭難事件の分析から1歩も2歩も進んで「邦人救出」というテーマに深く切り込んでいることです。おっしゃったテヘランの邦人救出のみならず、1990年、イラク軍クウェート侵攻に伴うクウェート在留邦人人質事件、94年のイエメン内戦に伴う邦人脱出など「海外にいる日本国民の生命をいかに守るか」というテーマを据えてノンフィクションに新たな地平を切り拓いた点で、たいへん意義深いと思います。

門田 ご指摘のとおり、本書に私が込めた問題意識は「国家が『命』を守るとはいかなることか」というものでした。

 あらゆる先進国は、戦争やテロ、事件や事故に巻き込まれた自国民がいれば、世界のどこであろうと民間航空機や軍用機を飛ばして自国民の救出に来ます。ところが、日本だけは「来ない」。いうまでもなく、自衛隊の海外での邦人救出が戦後、禁じられてきたからです。

 「自衛隊は憲法違反」と口走るような現実無視の人びと、言い換えれば「自国民の命」を守るという最も大切な「本質」を見失った法解釈や観念論に固執する“内なる敵”ともいうべき存在によって、戦時下のテヘランから邦人を脱出させるためには、他国に「お願いする」しかない、という奇態が生じてしまったのです。それは、自国民を救出するという行為が、「究極の自衛」であるという「基本」すらわかっていない人びとが、いかに日本に多いかを物語っています。