古谷経衡(批評家)

 これは何かのジョークか、と見紛(みまが)うようなヘッドラインが過日世間を賑(にぎ)わせた。NPO法人「日本禁煙学会」が、現在公開中でロングランが続く『風立ちぬ』に対し、猛烈な抗議を行ったのである。宮崎駿は九月一日、伊・ベネチアでの記者会見で正式に引退を公表した。結果的に本作は宮崎の長編最後の作品となったわけだが、その話題性と相まって本作『風立ちぬ』に対する思わぬ角度からの「抗議」は、今なお多方面から物議を醸かもしている。

 彼らの主張を簡潔にまとめると「作中に登場する喫煙シーンが、喫煙美化であるからけしからん」というものだ。彼らはその主張の仔細を「風立ちぬに対する見解」として自身のWEBサイト上に公表しているが、その検証は後述するとして、彼らが問題視している本作中の喫煙シーンとはどういったものであるのか。まず簡単に振り返ることにしよう。

『風立ちぬ』ポスター
 『風立ちぬ』は作家・堀辰雄の同名小説から舞台設定を拝借し、そこに零戦設計者として著名な堀越二郎の人生を融合させたものであるのは言うまでもない。「禁煙学会」が「問題視」した喫煙シーンとは、ヒロインである菜穂子が肺結核の病を患い、富士山麓のサナトリウムから抜けだして零戦設計者の二郎とつかの間の新婚生活を行う、というくだんのシークエンスの中に登場する。

 菜穂子は死を悟っている。ペニシリンが存在しない当時だから致し方ない。そして「美しくも儚(はかな)い」刹那の同棲生活に身を投じていく。禁煙学会が問題視したのはこの場面だ。日中から床に伏せがちな菜穂子が、ようよう帰宅した二郎をねぎらう。その際、二郎はおもむろにポケットからタバコを一本取り出すが、「あ、ここでは……」と思慮する。つまり菜穂子の肺病に思い至って、その副流煙が彼女の肺を更に侵すのではないか、と躊躇(ちゅうしょ)するのである。しかし菜穂子は「いいから」と一服を促す。そこで初めて、二郎は煙を吐く。このシーンが、「喫煙を魅力的に描いている」とされたその核心なのである。

非喫煙者への宮崎の配慮


 考えるまでもない事だが、このシーンを素直に解釈すると、「タバコの副流煙の害を承知している二郎が、妻の肺病を慮(おもんばか)って一旦、喫煙を躊躇したが、それよりも新婚生活の甘美なるに重きをおいた菜穂子の勧めによって一服する」というもの以外にはない。実はこのシーン、極めて慎重に宮崎駿が非喫煙者(それこそ禁煙学会のような)に対する配慮が込められている場面なのである。