禁煙学会のアニメ観


 にもかかわらず、禁煙学会は宮崎作品は子供向けと一方的に決めつけ、その与える影響を嘆いている。彼らのアニメ全般に対する無理解がその背景に横たわっているのである。

 そこには「アニメは子供が見るものだ」というぬぐい去れない蔑視の感情が見え隠れする。喫煙云々以前に、こういった認識こそ、世の批判にさらされるべきであろう。

 私が中高校生の時、世で空前の大ブームとなった作品があった。『新世紀エヴァンゲリオン』(九五年放映開始・以下エヴァ)がそれである。受験勉強をほっぽり出し、寝る時間を惜しんでビデオを見た。関連書籍を片っ端から読み漁った。九七年の劇場版では、公開日の前日から十数時間、友人と共に列に並んだ。後に「第三次アニメブーム」と呼ばれることになった当時、私は齢十四歳だった。

 『エヴァ』には喫煙者が登場する。赤木リツコという女性の研究者が、野戦指令部のラボ(研究室)でタバコを吸うシーンが頻出するのだ。本作は、テレビ東京系列で夜の六時半から七時の「ゴールデンタイム」に放映されていた。当時「喫煙シーンはけしからん」などという抗議は聴いたことがなかった。そのシーンに影響されて、喫煙者になったという人間も見たことはない。私は『エヴァ』の薫陶を受けたど真ん中の世代だが、何を隠そう現在でも私は非喫煙者なのである。

 赤木リツコという女性喫煙者の登場により、女性の喫煙率は上昇したのか? 厚生労働省の統計では、女性喫煙率はここ二十年間横ばいが続いており、直近では斬減(ぜんげん)傾向にある。

『エヴァ』の他にも、近年の作品の中には『カウボーイ・ビバップ』(九八年)、『ブラック・ラグーン』(〇六年)でも顕著に女性喫煙者が登場する。モンキー・パンチ原作の『ルパン三世』もアニメ版の放映は七一年から行われており、次元大介が常にタバコをくゆらせている。『機動警察パトレイバー』(八九年)でも、主役級の刑事はいつもマイルドセブンを携行している。

 これらが喫煙率の上昇を招いているどころか、この間一貫して喫煙率は大幅に低下しているではないか。アニメと禁煙率には何の相関もない。そしてやはり、そこには「アニメは判断力に乏しい子供の見るものだ」という大前提的な刷り込みが見え隠れしている。「アニメ=子供向け」「アニメ=低俗なもの」という認識が、禁煙学会の根底にあるアニメ観にほかならない。アニメの登場人物の所作をそのまま模写して喜ぶほど、アニメを見る子供は馬鹿ではない。

よい映画とは何か


 禁煙学会の抗議を巡っては、賛否両論の立場からさまざまな議論が百出している。「(風立ちぬの登場人物は)非喫煙者だったのだから歴史の歪曲だ」という前出の抗議に対しては「当時の喫煙率からいって、成人男子の喫煙は歴史的事実に沿ったもの」という反論がなされる。一方、「(喫煙シーンを)描くのは憲法が保証する表現の自由だ」という反撃が真っ先に行われている。これに対して禁煙学会は「(嫌煙を言うのも)表現の自由だ」と言う。堂々巡りが続く。

 重要なのは歴史的事実に忠実なのかどうか、ではない。歴史的事実に忠実な作品が良い作品である、という事になれば、時代劇の描写はほとんどすべてが間違っている。大抵の場合、既婚女性はお歯黒をしていないし、暴れん坊将軍が駆け抜ける夜の江戸の街は、ガス灯が発明される前なので、もっと真っ暗なはずだし、幕府の官吏が乗る馬も、背の低い品種改良前の純血種でないとおかしい。しかし暴れん坊将軍は国民的な時代劇の代名詞として、現在でも我が国で広く親しまれている。