杉原志啓(音楽評論家、学習院女子大学講師)

 二十代後半からほぼ毎晩ずっとビールを大量に呑みつづけてきた。幸か不幸か、この間中断を余儀なくされるほどの病を得たことは一度もない。そのビールのおかげで、とわたしはおもうんだが、中年さえ通過の今でもほとんど毎晩八時間以上爆睡している。むろん仕事のオフの日ともなれば、たいていビールと共に二度寝するんで、十数時間は夢うつつとなっている(子供時分からふる里山形庄内の方言で“ネブリコキ”といわれていたくらいだから、かつてはもっと眠りこけていたたはずだ)。

 自慢しているわけではない。また、お断りしておくが、そんなことをかねて意識的に――つまり、健康のために睡眠を心がけているのでもない。アルコールが好きでつよいのも含め、要するに生まれつきそういうタチなのだ。

 もうひとつ、これも健康志向でもなんでもなく、若いころからずっと朝型で寝つきがはやい。なにしろ、生家がもの心ついたころから従業員三十人ほどのトーフ工場で、家族はじめ誰もかれも朝がはやい。つまり、これもやはり生まれつきによるとしかいいようがない。

 もろん、床につけない非常時もある。今でいえば、原稿の締切りがたてこんでいるような日だ。そういう時はしかし、夕暮れどきのはやい時間からビールをやりだし、七時には布団にもぐりこんで、いわゆる丑三つ時に起床してキーボードへ向かうようにしている。そんなピンチの日も含め、起床するとまずはトイレへ駆け込み、かねて泥のような快い眠りへ導いてくれる前夜の液体の残滓を放出。たいてい寝床へもどってあぐらをかく。それから就寝まえに枕頭へセットのペットボトルの水を呑み干し、これまたあらかじめ準備の灰皿を足元に寄せて、おもむろにショート・ホープへ火をつける。むろんうつらうつらしたままでのこの一服、ことのほかうまい。

 そのおり、このところなぜか若いころ読んだ山口瞳のエッセイの一節がおもいうかぶ。すなわち起床直後、まだ全身が覚醒しきらないままくゆらせる紫煙はきれいでうまいという、まことにもっともなタバコの真実を。