師・坂本多加雄の思い出


 十年ほどまえ、唐突なかたちで美しい桜の花のように多くの人に惜しまれつつ五十二歳の若さで逝った坂本は、大のタバコ好きだった。往時ひとりしかいなかった弟子のわたしとの研究室でのゼミナールでは、それだからつねに師弟共どもプカプカ、スースー。それがあるとき突然、理由は教えてくれなかったんだが(最晩年に突然発症の深刻な病による禁煙でなかったことだけは確かだ)、師のほうがタバコを止めるという。

 むろんこちらは一瞬がっかりだったんだが、「君はこれまでどおりでいいぞ」と坂本。それで以後ちょっとは遠慮するようになったけれど、やはりときおりは一本火をつける。すると三本に一度くらい「ひとつもらえるかな」と、かれの手がわたしのショート・ホープの箱へ伸びてくる(坂本の愛飲銘柄はセブンスターだったにもかかわらずだ)。そうして二本に一度が、結局そのうち一本とりだすたびに「ひとついいかな」というくり返しになって、とうとうわたしは、レクチャーを受ける際はもとより、かれと会える日は、あらかじめ一箱別に購入。いつも研究室で授業のまえに坂本へそれを手わたし、ニヤリかれが口元を綻ばせるパターンとなったのだった。

 かれはしかし、それから突発的な死の病にみまわれるまで、喫煙と断続的な禁煙をくり返しているようだった。そこでわたしは、今もしばしば大マジメにおもうのである。五木寛之がいうとおり、やはり「タバコは止められない」んだろう。同時にだとしたら、およそなんであれ物事に怯(ひる)むとか臆するなんてことのない快男児だったかれが、いったいなにゆえにタバコを止めようとおもい、しかも禁煙を口にして以来、わたしからのもらいタバコをどこかしら「くよくよしながら吸う」感じがあったんだろう。そして、もしやずっと「楽しげに吸っている」んであれば、あんなに立派な先生があんなことにならなかったのではなかったかとも(ちなみに、坂本を突然の死にいたらしめた病は肺ガンではない)。そしてまた、だからこそそれからというもの、わたしはビール同様、タバコは絶対止めようとおもわないことにして、むしろもっともっと「楽しげに吸っている」ようにするんだと決意したのであった。

 実際、今でもタバコはビールのごとく楽しいし、例の起きぬけをはじめ、いつだってうまい。

 しかしながら、本誌読者なら百も承知二百も合点のところだろう、「タバコはうまい」なんて、今やそれ自体公共の場で一切まったく口にできないほど「禁煙ファシズム」が猖獗(しょうけつ)を極めている。ということで、いささか哀しい前フリはこのくらいにして、ここからその異様にしてどこか喜劇的な世の流れを、もっぱらおのれの見聞してきた大学に関連するそれにスポットをあてて回顧していこうとおもう。