「煙たいんだよ」


 さて、坂本多加雄のもとでわたしが学位を取得したのは平成五年。その翌年からジャスト一年坂本のつとめる学習院大学へ出講となった。九〇年代初期のこのころは、上記の先生の研究室はむろん、講師控室でも灰皿がいたるところにあって、タバコはまったくフリーだったと断言できる(現在は全国すべての大学のキャンパスで喫煙オッケーの場所は一~二箇所。個人研究室はすくなくとも建前上はどこも禁煙で、建物の内部全体もほとんど喫煙室皆無が常態であり、仮にあったとしてもそんなものは絶滅しようという声が烈しく飛び交っているのはいうまでもない)。

 ついでその四年後の平成十年、短大から四年制に衣替えの学習院女子大学と地元の酒田短期大学へ、いずれも思想史と音楽がらみの科目で出講するようになった(ついでながら、この数年まえからわたしは専門の思想史研究を継続の一方、音楽評論活動を生業として開始している)。女子大はむろん、四年後に中国人留学生を過剰に受け入れたせいでつぶれてしまう田舎の短大キャンパス共ども、このころでもいまだどこでも自由にタバコを吸えたし、周囲のちょっと見苦しかった滑稽な禁煙パイポ・ブームを別にすれば、嫌煙キャンペーンの雰囲気もゼンゼン体感したことはない。したがって地方大学へ通うための新幹線でも在来特急でも喫煙車両は健在だった。

 ただ、二十一世紀が真近に迫りつつあったこのころ、ほどなく到来する空前の禁煙ファッショ・ムーブメント激発の予兆は幾度か感得させられてはいる。

 一例をあげておこう。ある週末の雨あがりの午後、神田駿河台の明治大学はす向かいにある古書会館へ足を運んでいたときのこと。むろん千代田区の公道全面禁煙なんてころではない。その日はまた、案外人どおりがまばらだったことをよく憶えている。靖国通りの交差点へ向かう大通りにそった歩道を、それまでの電車で我慢のタバコを心地よくくゆらせながら足を進めていた。

 と、古書会館にあと数メートルというあたりで、真後ろから不意にポンポンと肩を叩かれ、ふり返ると灰色のハーフ・レイコートをまとう三十がらみの男が、いきなり片手をふりながら「煙たいんだよ」という。近年チャラ男とかいわれているタレントみたいな風貌だったその男は作り笑いのような微笑を浮かべていた。しかしその目がカラスのそれのごとく不気味にランランと光っている。それでわたしはちとギョッとして、おもわず「あっ、スミマセン」と頭をペコリ。そうしてしばし、そのままゆるやかな坂道を足早にスタスタ下っていくチャラ男のうしろ姿をみつめながら、憮然とした。つまり、歩行者もまったくすくないんだから、煙いならこちらと離れて歩けばいいだろうにと胸のなかで毒づきつつ、「それにしてもなんだかヘンな時代になってきたもんだな」と。

 しかしいうまでもなく、やがてもっと徹底的におもい知らされるように、この件はたしかに市井における「禁煙ファシズム」暴発の前兆体験のひとつでしかなかった。