明治以来の「官尊民卑」


 平成十三年、先述の中国人学生の事案でつぶれかかっていた短期大学と入れ替わりで、今度はやはり地元で新設のいわゆる公設民営方式の東北公益文科大学からわたしの専門をひとつにかけあわせたような「音楽と思想」なる講座を委嘱された。同時にこの年は、上野にある東京芸術大学からも、かねて敬愛のジャズ評論家岩浪洋三さんの後釜として「ジャズ・ポピュラー音楽」という科目も担当するようになる。つまりわたしは、この年から女子大を含むいくつもの学校を駆け回るけっこう気ぜわしい文字どおりの兼任講師となったのだった。

 嫌煙運動すなわち「禁煙ファシズム」のマグマが胎動しだしたのも、ちょうどそのころからだったとわたしはおもう。また、そのマグマが強烈な赤い炎を吹きあげだしたのは、疑いもなく平成十五年春に施行される「健康増進法」という奇怪な法律の出現にあったとも。

 たぶん当時ほとんどの日本人が、とんと気づかなかったといおうか、知っていたとしてもさしたる関心も示さなかったであろうこの法律は(かくいうわたしも大分時間がたってからこの法の存在を知ったんだが)、そもそも栄養増進法の改訂ヴァージョンとしてできあがったものだった。ために同法条文のほとんどは、食品の栄養に関わっている。今おもえばしかし、問題はその第二十五条だった。では、いまだ一瞥(いちべつ)もしたことのない読者のためにその全文を掲げておこう。

 「学校、体育館、病院、劇場、観覧場、集会場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店その他の多数の者が利用する施設を管理する者は、これらを利用する者について、受動喫煙(室内又はこれに順ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされることをいう。)を防止するために必要な措置を講ずるように努めなければならない」

 みてのとおり、ラストに「講ずるように努めなければならない」とあるごとく、この条文を含む「健康増進法」に強制力はない。にもかかわらずこれによって、映画のタイトルではないが、まさしくある朝突然にといった趣で、まずは東京の小田急、京王といった民間私鉄から軒並み駅構内を全面禁煙。地上駅の喫煙灰皿も撤去されてしまう。したがって官公庁に準ずるみたいな意識の私立の学校もお上からのこの「お達し」にたちまち叩頭(こうとう)平伏となってしまう(なんのことはない、この問題でもすかさず民間のほうから明治以来の「官尊民卑」を助長しているのだ)。

 わたしも含むわが国の愛煙家が、凄まじい「禁煙ファシズム」にさらされることになるのはそれからのことである。

すぎはら・ゆきひろ 1951年、山形県生まれ。学習院大学大学院政治学研究科博士課程修了。音楽評論家。現在、学習院女子大学講師。著書に『蘇峰と「近世日本国民史」』『おもしろい歴史物語を読もう』、共著に『新・地球日本史1』、訳書にヴィン・シン『評伝徳冨蘇峰』、音楽評論家としての著書に『イチローと村上春樹は、いつビートルズを聴いたのか』などがある。