北沢栄(ジャーナリスト)


 僕は以前からシャープは台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業に決めるに違いないと考えていた。鴻海のスキームは、シャープの液晶事業の技術をグループ内で生かし、再建のための投資を惜しみなくやるということ。液晶の分離など「解体」を視野に入れた産業革新機構のスキームとは、最初から非常に差があった。

 2012年、鴻海がシャープ本体に出資する契約を結びながら破棄した経緯がありシャープの鴻海に対する不信感はいまも根強かったと思う。しかし今回、鴻海が契約違反した場合の違約金として1千億円をボーンと出した。「もう真剣に今回はやるぞ。もう約束違反しない」と誠意を見せ、現ナマまで出した。資金繰りに困るシャープは、もう相手が決まらないとやばいのは分かっているから条件を呑んだ。
記者団に取り囲まれながら車に乗り込むシャープの高橋興三社長=2月25日午後、東京都港区(三尾郁恵撮影)
記者団に取り囲まれながら車に乗り込むシャープの高橋興三社長=2月25日午後、東京都港区(三尾郁恵撮影)
 鴻海は、シャープの主力取引銀行の三菱東京UFJ銀行とみずほ銀行に対し、1500億円の債務を株式に振り替え、保有する優先株2千億円を実質放棄させ、最大3500億円の金融支援をするという。革新機構ではこうはいかない。大体、革新機構がすることには、なぜ民間の話に国民の税金使うのかという批判と説明責任がつきまとう。

 鴻海の買収が成功したもう一つの大きな理由は、鴻海がシャープの現経営陣の退任を求めなかったことだ。革新機構は「経営陣総入れ替えしますよ」「シャープは失敗したから国が面倒みます」って、これでは駄目だと思った。革新機構は官民ファンドといっても実質は国策ファンド。出資の9割は国つまり税金であり、無茶な資金は出せないものの、初めから経営陣交代という話では普通はまず乗ってこない。

 結局、革新機構のスキームの狙いというのはシャープの救済ではない。家電全体、特に東芝の救済。沈む日本の家電産業を強くするには、企業再編のためのひとつのツールというか、足がかりにシャープを使う。シャープの技術を生かして、ソニーのいいとこも使って、切り取ってジグゾーパズルじゃないけど組み立てようというのが革新機構の案。不正会計事件を起こした東芝の救済が大きな動機になっている。東芝は内外に従業員が20万人もいる、シャープとは桁違いに大きく歴史ある企業だからだ。

 ただ、技術的に優れるシャープは、時に「一本足打法」で勝利してきた。サムスン、LGのような韓国資本に一気に形勢逆転されてはしまったが。鴻海にとって優秀な技術者の流出を考えると買収は早い方がいい。違約金1千億円を出せる企業はなかなかない。意外と知られていないが、鴻海は電子機器を活用した工作機械が強い。鴻海で従業員自殺が相次いだ件を調べたときに知ったが、その頃から日本の工作機械を買って研究していたようだ。高度の工作機械は日本やドイツが強いが、汎用の中国向けなどは世界トップクラス。シャープのブランドも生きるだろう。

 鴻海との信義は守られるのだろうか。買収されることを選んだシャープに不安は残る。当面、違約金という形の保証はあるものの、それは金という形での約束でしかない。シャープを必要とし現経営陣に任せるとした鴻海が、その先実際にどうやっていくのかは見えてこない。
(聞き手・iRONNA編集部、溝川好男)


きたざわ・さかえ 1942年東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。共同通信社経済部、ニューヨーク特派員などを経て、フリーのジャーナリスト。