中宮崇(サヨクウオッチャー)

 田原総一朗=サヨク・反日という思い込みは、世間では未だ根強いようだ。たしかに彼のこれまでの言動を見てみれば、そういう勘違いも頷ける。

 実際田原は、多くの自民党総理総裁のタマを取ってきた実績もある。1993年のテレビ朝日「サンデープロジェクト」において、政治改革への意気込みについて当時の宮沢喜一首相を「今の国会でやるのか」と厳しく問い詰め、宮沢から「政治改革は絶対やる。私は嘘はつかない」との言質を取り、結果として政権崩壊に追い込んだことなどはその代表例と言える。

 しかし彼を単純に反日サヨクとみなすのは誤りである。例えば、サヨク連中から「ウルトラ右翼」とみなされている石原慎太郎を「文学者として尊敬する人物」と褒めそやしたことにより、それまで交流のあったサヨク文化人達から絶縁されたという話もあるのが田原という男だ。
 「朝まで生テレビ」においても、2009年4月の放送で「極東国際軍事裁判は正しくない。戦勝国が戦敗国を裁くんだからこんなものは集団リンチ。ソ連は日ソ中立条約を破ってきた。あんなものは明らかに戦犯」などという、サヨク連中にとっては到底受け入れがたい認識を披露している。

 この発言は別にその場限りの突発的な失言ではない。彼の意外な非サヨク的思想はその著書を読めば一目瞭然である。例えば、小泉訪朝により北朝鮮による拉致の事実が判明し、社民党をはじめとするサヨクによる「拉致は日米による捏造」との大嘘が判明する2年前の2000年に、田原は『日本の戦争』(小学館)という本を出版している。その中で彼は、サヨクが「軍部による暴走により国民が巻き込まれた」とみなす太平洋戦争について、「あの戦争が始まった原因は、軍部の暴走ではなく、世論迎合だった」と主張している。現在と違いサヨクの暴走がとどまるところを知らず「拉致は捏造」などという大嘘を平気でホームページに掲げることがまかり通っていたサヨク天国の時代のことである。これは極めて政治的に危険な姿勢である。サヨク連中からの様々な圧力もあったに違いない。