潮匡人(評論家)


 名実とも「激論」を売りにしてきた日本で唯一の討論番組。それが「朝まで生テレビ」(テレビ朝日)である。放送開始は1987年(昭和62年)。四半世紀以上続く長寿番組である。馬齢を重ねてきたわけではない。月末金曜の深夜、特定のテーマを巡り、論客が口角泡を飛ばす。2月26日深夜のテーマは「激論!“憲法改正”是か?非か?」(仮)。このようにテーマの冒頭に決まって「激論」とつく。

 さて今週末、タイトルどおり「激論」が交わされるのか。それとも看板倒れに終わるのか。放送前に締切りを迎える拙稿に知る由はないが、推測はできる。おそらく「激論」は起きないであろう。残念ながら、この番組で「激論」を見ることは、絶えて久しい。

 一昔前は違った。最盛期は自他ともに認める「タブーなき討論番組」であった。具体的には「1980年末から90年代前半」。その当時「大学時代を過ごした人なら、月末(の朝生)が近づくとワクワクするあの感覚を覚えているだろう」――朝生を取り上げた週刊誌「AERA」(朝日新聞出版、2015年8月10日号)は記事本文をそう書き出した。
田原総一朗氏=1990年12月
田原総一朗氏=1990年12月
 果たして今も、そうしたワクワク感があるだろうか。たとえばキャンパスに。あるいはお茶の間に。正直どこにも、そのような感覚は見いだせない。なぜ、ワクワク感は消えたのか。いつから、そうなったのか。アエラ記事から探ってみよう。記事は昨夏の大特集「戦後70年 終わらない戦後」の一本であった。

 題して《「リベラル」は漂流し自壊した》。もちろん保守系の論壇誌ではない、紛うことなき「朝日」の看板週刊誌が付けたタイトルである。記事は末尾もこう締める。「リベラルは、敗れたというより自壊したのだ」。

 ならば、その理由はなにか。いつ、どのようにしてリベラルは漂流し自壊したのか。

 記事は「90年代はリベラルが活躍」との見出しで、「2000年前後から宮崎哲弥、八木秀次、小林よしのりら保守論客の活躍が目立ち始め、保守優勢の時代に切り替わった」と分析する。事実そのとおりかもしれない。ただ固有名詞には異論を覚える。たとえば「小林よしのり」は保守なのか。私は違うと思う。司会者の田原総一朗も記事でこう語る。「もともとは右だった小林さんが、左の論客になってしまった」。ふつう「左」を保守とは呼ばない。

 記事は他に舛添要一や猪瀬直樹、池田信夫などの名前も挙げる(合計11名)。八木はともかく、その他は「保守」と呼べるだろうか。個々の検証は控えるが、私は疑念を拭えない。いずれにせよ、彼らは最近ほとんど出演していない。保守が不在なら討論は成立しない。最盛期の「激論」とは程遠い。