山田順(ジャーナリスト)

 清原和博容疑者が「覚せい剤」で逮捕されてから、洪水のような報道が続いている。テレビ、新聞、雑誌、ネットは、連日この“話題”(ネタ)で盛り上がっている。とくに、テレビは、野球界の大スターで有名タレントだけに映像は豊富にあるので、それを垂流し放題だ。そうして、彼を知る有名人やコメンテーターたちの疑問の声、悲痛な声、同情の声などを集めて番組をつくっている。

 この状況を見て、正直、「昔と変わらないなあ」と思う。
警視庁から東京地検に送検される、元プロ野球選手・清原和博容疑者が乗っている
車を取り囲む報道陣=2月4日午前、東京・霞が関(寺河内美奈撮影)
警視庁から東京地検に送検される、元プロ野球選手・清原和博容疑者が乗っている 車を取り囲む報道陣=2月4日午前、東京・霞が関(寺河内美奈撮影)

 じつは私もかつて約20年間、週刊誌の現場にいて同じようなことを繰り返してきたからだ。大きなネタがあれば、それで繰り返し記事、番組をつくる。それが、メディアの習性だ。また、これは視聴者、読者(一般大衆)の習性でもある。

 今回のような有名人のA級スキャンダルは、一般大衆にとっては格好の話題だ。大衆は、有名人の“転落”をもっとも喜ぶ。スキャンダルとは転ぶことだ。

 「転び方が大きければ大きいほどいい。メディアは大衆の嫉妬心で成り立っている。嫉妬心を掻き立てるネタを探せ」 と、よく言われたものだ。

 要するに、今回のように転んでしまった有名人は、叩き放題になる。「いつからやっていたの?」「誰から買ったの?」「クスリ漬けになるとどうなるの?」「離婚した奥さんと子供たちは?」などと報道するたびに大衆は喜び、「やっぱりね」と満足する。大衆は常に自分は正しく生きているという“ありえない現実”を信じ込んでいるので、一度転落した人間を叩けば叩くほど満足する。

 これは、ネットのほうがひどく、正義ヅラをして他人を糾弾“炎上”させることが日常茶飯事になっている。

 このようなメディアの構造を批判する気はない。

 ただ、こういう報道ばかりだと、やがて“炎上”が収まったとき、なにも残らなくなることが心配だ。

 洪水報道はいいが、問題はその先にある。なぜなら、今回のような麻薬常用事件は、それを犯した個人だけの問題ではなく、社会的な問題だからだ。