土井隆義(筑波大学人文社会系教授)

同質な仲間とつながるツール


 インターネットは、世界中に散らばる多種多様な人びとが、時間と空間の隔たりを超えて、互いにつながりあうことを可能にした開放的なシステムである。しかし昨今は、世界観や価値観を同じくする仲間が、時間と空間の制約を超えて、互いにつながり続けることを容易にする閉鎖的なシステムとして使われる機会も多くなっている。携帯電話やスマートフォンといったモバイル機器を情報端末として用いる場合には、さらにその傾向が著しい。その意味で、現在のネットは、異質な他者とつながる装置ではなく、同質な他者とつながる装置ともいえる。

 現在、若者たちの多くは、学校生活など日々のリアルな人間関係をマネージメントするツールとして、ネットを活用している。LINEはその典型である。しかし、そこでの人間関係に不全感を抱える若者たちも、またネット上に代替の人間関係を求めている。LINEは、その道具としても駆使される。いわゆるID交換によって、見知らぬ他者とつながることも可能だからである。彼らは、しばしばLINE民と呼ばれる。そこが生活の基盤となっている様子から、LINEの住民といった意味で用いられる。

 日常のリアルな仲間をマネージメントするためにLINEを駆使する若者たちも、またそれを代替してくれる仲間をネット上に求めてLINEを駆使する若者たちも、人間関係に対して強いこだわりを持っているという点では、互いにまったく同じ心理的特性を有している。しばしばネット依存やLINE依存と呼ばれる問題も、ここから生じてくる。それは、ネットゲームや動画などのコンテンツから抜け出せない依存のメカニズムとはまったく違う。
 彼らの多くがつねにネットに接続し、ネットへの接続を切断できずにいるのは、けっして快楽に押し流されてのことではない。もちろん、仲間と接続しつづけることに快楽の要素がまったくないわけではない。とりわけネットの利用を始めた当初は、その要素も大きいと考えられる。しかし、日夜ネットを利用しつづけ、その常時接続にやがて疲弊感が募っていっても、もはや接続機器を手放せなくなってしまうのは、けっして快楽の強さからではない。むしろ不安の強さからである。自分だけが仲間から外されるのではないかという恐怖から手放せないのである。