潮匡人(軍事評論家、拓殖大学客員教授)


なぜ南シナ海なのか


 中国による南シナ海の“聖域化”は許さない。それが米軍「航行の自由」作戦の主眼であろう。なぜ、南シナ海なのか。

 中国は二〇一一年、南シナ海を望む格好の要衝に位置する海南島の南端「三亜」に海軍基地の建設を完了させた。ここは空母の運用に加え、射程約8000キロ(防衛省)の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)JL―2を搭載するジン級原子力潜水艦(SSBN)を配備できる。基地には、潜水艦が出入りするための地下施設があり、米軍に追尾されるリスクが低い。

 海南島は深度の深い南シナ海に面しているため、潜水艦の行動の秘匿に適している。新たなSLBMを搭載したジン級原潜がこの基地を拠点に運用可能となれば、中国の対米核抑止力が飛躍的に向上する。日本の防衛省も「JL―2が実用化に至れば、中国の戦略核戦力は大幅に向上するものと考えられる」(白書)と警鐘を鳴らす。

 アメリカの超党派諮問機関「米中経済安全保障再検討委員会」は「すでにJL―2が配備可能な初期運用能力に達した」と米議会に報告した。米国防省も「JL―2搭載のジン級SSBNが二〇一五年に核抑止パトロールを実施する」との見込みを議会に報告した(二〇一五年五月「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」)。

 今後、中国にとって“虎の子”のJL―2ミサイルを搭載した原潜を米軍から防護・温存させることが海軍最大の任務となろう。そのために暗礁を埋め立て、人工島をつくり、滑走路まで建設している。運用となれば、航空戦力のプレゼンスが増大する。南シナ海全域に及ぶ中国の航空優勢が強化され、戦力投射能力が増す。いずれ艦艇や作戦機が常態的に展開し、警戒監視や作戦遂行の能力が大幅に向上する恐れが高い。

米海軍が昨年5月に公表した、P8対潜哨戒機が撮影した南沙諸島のファイアリクロス(中国名・永暑)礁の画像(米海軍提供・ロイター)
米海軍が昨年5月に公表した、P8
対潜哨戒機が撮影した南沙諸島の
ファイアリクロス(中国名・永暑)礁
の画像(米海軍提供・ロイター)
 南シナ海の沿岸国たるフィリピンやベトナム、マレーシアら各国と、中国との質的量的な戦力差は歴然としている。南シナ海の東に位置するスカボロー礁、西の西沙諸島、南の南沙諸島、そして北の海南島。これら東西南北の要衝を押さえ、南シナ海全域を手中に収めるつもりであろう。

 原潜を配備する南シナ海を聖域化すべく、米軍の接近を阻止し、海域への侵入を阻む。米軍の行動の自由を奪う。文字通りの「A2/AD(接近阻止・領域拒否)」戦略である。水深3000メートル以上の海域を持つ南シナ海こそ、中国にとって「核心的利益」である。南シナ海を聖域化すべく、東シナ海へも触手を伸ばす。そう考えれば、近年の中国の動きが理解できよう。

「JL―2が実用化に至れば、中国の戦略核戦力は大幅に向上する」(前掲白書)。淡々と描かれているが、実は一大事だ。それは中国が核の第二撃能力、つまり報復力を手にすることを意味する。地上配備の核兵器と違い、もしアメリカから核の先制攻撃を受けても、原潜なら海中から確実に報復できる。言い換えれば、アメリカは中国に手出しできなくなる。日本の立場で言えば、アメリカの核抑止力の信頼性が低下する。分かりやすく言えば「核の傘」に穴が開く。いや、そもそも傘が開かない(かもしれない)。日本の安全保障にとり死活的な問題を孕んでいる(拙著『日本人が知らない安全保障学』中公新書ラクレ)。

 だが、なぜか日本人はそう考えない。自民党の野田聖子・前総務会長は十一月四日放送の「深層NEWS」(BS日テレ)で「南シナ海は直接日本には関係ない」「南沙(諸島)で何かあっても、ここは冷静に独自路線で日本らしい外交に徹するべきだ」「南沙の問題を棚上げするぐらいの活発な経済政策とか、お互いの目先のメリットにつながるような2国間交渉をやっていかなければいけない」などと語った。米軍の作戦を支持した安倍晋三政権への批判であろう。実際、安倍総理が掲げた「出生率1・8の実現」を「保育料をタダにします、全ての女性が働けますなどのお膳立てがなければ無理な数字だ」とも批判した。