最悪の結果を迎えたイスラム国による日本人人質事件で、日本政府はヨルダン政府に頼り切りの状況だった。これまでも「現地国に責任を丸投げする」というのが、政治家・官僚ともに責任を取りたがらない日本政府の悪しき伝統でもある。

 1996年に発生した「在ペルー日本大使公邸占拠事件」では天皇誕生日のレセプション中に武装勢力が乱入し、日本人駐在員やペルー政府関係者などを人質として約4か月にわたって占拠した。最終的にペルー軍と警察の特殊部隊が公邸に突入し、犯人グループを全員射殺し、犠牲者を出しながらも日本人全員が生還するという結末だった。

 フジモリ大統領が特殊部隊に突入を指示する際、事前に日本への通告がなかったことが後に話題になった。大使館は治外法権であり、軍が許可もなく入ることは許されない。当時の橋本龍太郎首相はそれを「遺憾」と語っている。

「イスラム国」日本人人質事件 後藤健二さん殺害の報を受けて多くの報道陣が集まる現地対策本部=2015年1月31日、ヨルダン・アンマン(大西正純撮影)
「イスラム国」日本人人質事件 後藤健二さん殺害の報を受けて多くの報道陣が集まる現地対策本部=2015年1月31日、ヨルダン・アンマン(大西正純撮影)
 だが、事件後に大統領官邸で行なわれた記者会見で、フジモリ大統領はその点を明確にするよう迫った本誌記者に気色ばんでこう答えている。

「情報管理はすべてわれわれの手で、われわれの責任だけでやった。われわれに対し、誰も平和的解決に向けた具体的計画を示さなかった。だからわれわれの政府だけで解決した。これはあなたがたが望んだ結末でしょう」

 つまり、日本政府は“平和的解決を”と注文をつけながら具体策も示さずにペルー政府に丸投げ。当時、本誌取材に対して政府中枢筋は「官邸とフジモリ大統領の間で、“武力突入やむなし”という暗黙の合意があったと考えていい」と話している。万一、強行突入で犠牲者が出た際にも日本政府に責任が及ばないよう予防線を張っていたのだ。

 その姿勢は、ヨルダンに解決を丸投げした今回の人質事件でも全く変わっていない。

 米英はテロリストとは一切取引しないと明言し、それを実行しているが、世界の人質交渉の実態について元駐レバノン特命全権大使の天木直人氏が解説する。

「レバノン大使時代、頻繁に行なわれていたイスラエルとヒズボラ(レバノンのシーア派イスラム主義者組織)の人質交換を近くで見てきたが、すでに亡くなっている人質を生きているものとして交渉するなど、タフな騙し合いが常態化していた。日本とはレベルが違いすぎます」

 フランスなどイスラム国との人質交渉で身代金を払う国もあるが、その場合も日本のやり方とは違う。国際政治アナリストの菅原出(いずる)氏はこう指摘する。

「各国にいる交渉のエキスパートが出てきて、値切り交渉から人質の生存確認まで、ギリギリに条件を詰めたうえで支払いに応じている」

 責任問題となることを恐れ、他国に丸投げする政府など先進国では我が国だけなのだ。

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