河合雅司・産経新聞論説委員

 社会保障と税の一体改革をめぐる年金や医療、介護の具体的な見直し案づくりが本格化してきた。しかし、民主党から大きく聞こえてくるのは、低所得者への年金加算などサービス拡充を求める声だ。国民に痛みを求める案の多くは、反対や慎重意見に包まれている。とりわけ、高齢者向け政策への配慮が目立つ。

今後は半数近くに


 日本は今後、急速な高齢化に見舞われる。世代間の支え合いである社会保障制度は、高齢者を含めた全国民が少しずつ我慢しなければ持続できない。多くの国会議員が分かっているはずなのに、改革は遅々として進まない。

 大きな理由は、政策の意思決定メカニズムが高齢化していることだ。有権者総数に占める65歳以上の割合は、かつて1割に満たなかったが、いまや4分の1を占める。今後は半数近くにまで膨らむ。しかも、一般的に高齢者のほうが、若い世代よりも投票率が高い傾向にある。

 政治家にしてみれば、有権者の多数を占める高齢者や“高齢者予備軍”の意向に反する意見は言いにくい。反感を買えば、次の選挙で「落選」という手痛い洗礼を受けかねないからだ。選挙基盤が弱い議員ほど恐怖心が募るであろう。

 有権者の意識にも問題はある。多くはそうではないのだが、「わずかな負担増も許さない」という姿勢の人は少なくない。後期高齢者医療制度をめぐる反発などは典型例であろう。必然的に、与党内からは、負担増案が浮上するたびに「次の選挙で戦えない」という声が噴き出し、高齢者向けサービスを手厚くする政策判断へと傾いていく。

増える勤労世代の重荷


 改革の遅れとは無関係に少子高齢化は進んでいく。65歳以上人口は、団塊世代が75歳以上となる2025(平成37)年に3500万人に達し、2042(同54)年の3863万人でピークを迎える。一方で、社会保障政策の支え手である勤労世代は激減する。制度を無理に維持しようとすれば、人数の少ない支え手に重い負担を押しつけるしかない。

 しかし、それが現実的でないことは数字が物語る。1人の高齢者に給付する社会保障費は、勤労世代の頭数で「割り勘」するため、1人の高齢者を何人の勤労世代で支えるかが大きな意味を持つ。

 20~64歳の勤労世代と65歳以上の高齢者の人数を比べると、現在は2・5人で1人の高齢者を支えているが、2025年には1・8人、2050(同62)年には、ほぼマンツーマンで支えなければならなくなる。とても耐えられまい。

世代格差9500万円


 政府は、現在40兆円を超す新規国債を発行して予算のつじつま合わせをしている。社会保障制度にも、所得に関係なく税金が投入されている。将来世代へのツケ回しは積み増しされ、世代間格差の拡大につながっていく。

 国民が生涯に支払う税金や社会保険料などの負担総額と、年金や医療、介護保険などのサービス受益の総額とを比較した政府試算がある。現行制度が続いた場合、1943(昭和18)年以前生まれは4875万円受取額が多い。しかし、1954(同29)年~1963(同38)年生まれは約28万円のマイナス、それ以降の世代は大きな負担超過となる。1984(同59)年以降生まれの場合、負担超過は4585万円で、1943年以前の世代と差し引き9460万円の格差が生じる。

 もちろん、世代間の違いを損得だけで見るべきではない。しかし、国民年金などの保険料の未納が増えてきていることも事実だ。不公平感が広がれば制度は成り立たない。

 民主党政権は社会保障費の自然増をすべて認めている。それだけでも勤労世代が担ぐ荷物を重くしているのに、サービスを拡充し消費税率まで上げようとしている。負担ばかり背負わされて、「払い損」というのでは、若者から「海外へ逃げ出したい」との声が漏れるのも仕方ないであろう。

 現状を考えれば、社会保障制度を維持するには消費税率引き上げはやむを得ない選択だろうが、それは社会保障制度のスリム化と同時でなければならない。

 高齢有権者に過度に配慮して改革を先送りし続ければ、社会全体がおかしくなる。