蒟蒻問答(第117回)


堤堯(ジャーナリスト)
久保紘之(ジャーナリスト)



違うなら議員を辞めろ

 どうやら今年は、政治も経済も激動の一年になりそうだね。

久保 「浜の真砂は尽きるとも、この対談のネタは尽きまじ」ってとこですか(笑)。

 まずは、新年早々の国会。十二日の衆院予算委員会を見た? 民主党の緒方林太郎が、「総理、総理は『拉致問題を利用してノシ上がった男』かどうか」と安倍に詰め寄る映像を見て、ホトホト呆れたね。

 緒方の一連の質問は、蓮池透の著書『拉致被害者を見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』(講談社)を引用しての質問だ。蓮池透は被害者・薫の兄で家族会の連絡事務長を務めたけど、のちに家族会を「追放」されている。家族会の総意が「北へのより厳しい制裁」を望むのに反して、「国交正常化が先だ」と意見を異にしたからだと聞いている。だから安倍は言う。

「その本には、家族会からも厳しい批判が出ていると聞いている。あなたは他の人にも取材しましたか。していないでしょ。北朝鮮は何かと日本の国論分裂を図ってきた。そういう質問をすること自体、北朝鮮の策謀に乗せられることになる」

編集部 緒方議員は、「蓮池氏がウソをついているのか」と畳みかける。対して首相はこう答えました。

「私はこの問題で偽りを言ったことはない。バッジを賭けていうが、私が言っていることが真実だ。違っていたら、私は国会議員を辞めますよ」

 報道では、安倍が血相を変えて反駁したというが、映像を見ればむしろ冷静に答えている。ただ、「違っていたら国会議員を辞める」とまでは言う必要がなかった。もっと大きなテーマを安倍は担っているんだから。

久保 まがりなりにも、緒方は外交官出身の政治家。安倍は怒りというより、あまりにも品位を欠いたレベルの低さに一瞬、絶望感に襲われたんじゃないかな。

 ただし、「間違っていたら議員を辞める」と言ったあとに、「あなたが間違っていたら、議員を辞めよ」と言い添えるべきでしたね。

 そう、トルコの大統領エルドアン方式でね。プーチンが、「トルコはISから石油を密輸している。大統領の縁戚(娘婿でエネルギー相)が関係している。その証拠もある」と言った。対してエルドアンは、「証拠があるのなら出せ。大統領職を辞任してもよい。しかし事実でなければ、プーチンは職を辞める覚悟はあるのか」と反駁した。

久保 戦前、浜田国松は議会で行った彼の有名な反軍演説に対し、時の陸軍大臣が「軍人への侮辱である」と決めつけたことに反発、「侮辱した言葉があったら腹を切って君に謝る。が、なかったら君が腹を切れ!」と迫った。安倍も笑顔を浮かべながら、「君、腹を切る覚悟がありますかね」と言えばよかった

慰安婦問題の合意について共同記者発表を終え、握手する岸田外相(左)と韓国の尹炳世外相=2015年12月28日、ソウルの韓国外務省(共同)
慰安婦問題の合意について共同記者発表を終え、握手する岸田外相(左)と韓国の尹炳世外相=2015年12月28日、ソウルの韓国外務省(共同)
 だいたい、五人の拉致被害者が帰って来たのだって安倍のお蔭だ。小泉純一郎の第一回訪朝で、金正日から「拉致被害者八人死亡」と告げられて、外務官僚の田中均はオロオロするだけ。協議は硬直したまま昼食の休憩となる。小泉はといえば顔面蒼白で、毒殺を怖れて持参した握り飯も喉に通らない。ただ窓の外を眺めるだけ。その場を救ったのが安倍だ。盗聴されているのを利用して、わざと声を大きくしてこう言った。

「総理! 拉致を認めて謝罪しないなら、席を蹴って帰りましょう!」

 会議が再開されるや否や、金正日は拉致を認めて謝罪した。つまり、拉致問題に突破口を開いたのは安倍晋三の政治的反射神経なんだよ。安倍ほど早くから拉致問題に腐心した政治家はいない。この問題に先鞭をつけたのは、父親の外相・安倍晋太郎だ。言うなら父子二代にわたる懸案で、父親の遺志を継いでいる。

 安倍がこの問題に取り組んだ頃、土井たか子は「北朝鮮が拉致なんてバカなことをするわけがないッ」と連呼していた。あげく土井は、拉致実行犯・辛光洙が韓国で逮捕・死刑判決を受けるや、菅直人、江田五月、千葉景子、村山富市、岡崎トミ子らと組んで助命釈放の署名運動をやる始末だ。いずれも社民、民主党の議員だ。安倍は彼らを「間抜け議員」と呼んだ。だいたい、民主党がこの問題で安倍を追及する資格なんて、どこを押してもない。

 だから安倍が、「二十年前、私たちが一所懸命拉致問題をやっていたときに、あなたは何をしていたのか」と反駁するのも当然だよ。その頃、緒方は外務官僚だ。外務省が何もできなかったのを、安倍が切り開いたんじゃないか。話がアベコベだよ。

久保 拉致に関して言うなら、安倍は拉致問題対策本部が設置された時に「私の使命として、私が最高責任者であるうちにきちんと解決したい」と言ったでしょう。その後も記者会見などで「拉致問題は安倍政権で必ず解決する」と繰り返したけど、当時、僕はこの対談で「これはちょっとまずいんじゃないか」と言ってきた。なぜなら、これも心情倫理としてはわかるが、結果責任を問われる政治家の言葉じゃないからです。確たる根拠もなく国民に公約するなど、愚の骨頂なのですよ。

 安倍は国民に公約したことで自らの手足を縛り、北朝鮮はそれを利用して安倍を揺さぶる。少し大げさに言えば、“生殺与奪”の権をこのキチガイ国家に与えたことと同じなのです。奴らは、そういう民主主義自由主義国家の弱点を巧みに衝いてくる。一方、「安倍は公約違反」「拉致問題を利用した」と攻撃する蓮池や緒方をはじめとする野党、それに朝日新聞などは主観的意図はともかく、客観的にはそうした北朝鮮の援護射撃の役目を担わされている、ということになるのですよ。