ケント・ギルバート(米カリフォルニア州弁護士・タレント)


 人間は必ず間違いを犯す。公私を問わず、生涯にただ一つの間違いも犯さない人間など、この世に存在しえない。

 相対性理論の提唱や、今年ついに観測された重力波の存在を100年前に予言するなど、20世紀の科学界に数限りない功績を残した天才アインシュタインですら、仕事の上で重大な間違いを犯した経験を持つ。

 彼は宇宙論について、「ビッグバンで始まった宇宙は今も膨張し続けている」という、現代では定説となった新学説を誤りだと決めつけて、古くからの「静的宇宙論」が正しいと頑なに信じていた。若気の至りではなく、ノーベル物理学賞を1921年に受賞したあとの、天才科学者の名声を欲しいままにしていた頃の話である。

 宇宙膨張の事実は、ジョルジョ・ルメートルによって27年に証明されたが、アインシュタインが自分の間違いを認めたのは31年だった。

 日本を代表する文豪、森鴎外こと森林太郎は、医師でもあり、軍医総監という中将相当の陸軍軍医だった。森の場合、その当時、兵士の生命を次々に奪っていた病気、「脚気(かっけ)」の原因は細菌であるという「脚気細菌説(伝染病説)」を強く信じた。

 海軍は、栄養(後にビタミンBとして特定される)の不足が脚気の原因である可能性を認識し、麦飯を導入して脚気予防の実績を上げた。振り返れば大航海時代には、ビタミンCの欠乏が原因で起きる「壊血病」で、数多くの船乗りが亡くなったから、海軍は「脚気の原因は栄養不足」という考えに馴染みやすかったのかも知れない。

 しかし陸軍は、軍医トップたる森が、麦飯の導入を頑なに拒んだので、日露戦争中も1日6合の白米を支給し続けた。その結果、海軍の87人に対して、陸軍には25万人もの脚気患者が発生し、うち約2万7千人が死亡した。この人数は、ロシア軍との戦闘による戦死者数よりも多いそうだ。森は軍医総監として致命的な間違いを犯したことが明らかだが、それを公式に認めることなくこの世を去った。

 ほんの些細なことから致命的な大失敗まで、世の中の人々が毎日犯す間違いは多種多様である。私はそれらの中で、人間が犯しうる最大の間違いとは、「自分の間違いに気が付いたのに、それを素直に認めない間違い」だと考えている。

 素晴らしい業績を残した人物も、自分の間違いを死ぬまで認めなかったという汚点を残せば、「度量の狭い人間」として、後世の人間から軽蔑される可能性がある。

 間違いは誰にでもあるのだから、「確かに私が間違っていました。以後気を付けます」と認めればいいのに、変に意地を張って、わざわざ墓穴を掘る人が意外と多い。愚にも付かない言い訳や嘘から、矛盾が次々に露呈して、傷口がどんどん広がり、最後には取り返しが付かなくなる。

2015年12月30日、ソウルの日本大使館前で慰安婦像を囲み、日韓の最終合意に抗議する元慰安婦や支持団体のメンバーら(名村隆寛撮影)
2015年12月30日、ソウルの日本大使館前で慰安婦像を囲み、日韓の最終合意に抗議する元慰安婦や支持団体のメンバーら(名村隆寛撮影)
 特に日本人は「潔さ」を好むので、「往生際の悪さ」を目にすると、大半の人は「同情」ではなく「嫌悪感」を抱く。だから政治家やタレントのような公人が間違いを犯した場合は、日本人特有の心理を理解した上で対処しないと、小さな過ちと思われたものが、火に油を注ぐ結果となり、大やけどへと発展する。最近の、宮崎謙介元代議士の議員辞職には同情しないが、ベッキーが支払った代償は大きかった。

 さて、私が夕刊フジで毎週金曜日に連載している「ニッポンの新常識」の場合は、1000字という制限の中で書いているので、このように大きく脱線しながらの前フリはバッサリ切るしか方法が無いのだが、今回、「iRONNA」から受けた依頼は、「2000文字以上制限無し」ということだったので、久しぶりに大好きな長い長い前フリを書いてみた。しかし、いい加減、本題に入らないとまずいだろう。

 2014年8月、朝日新聞がいわゆる「従軍慰安婦報道」について、1982年以来、それまで数多く掲載してきた記事が「誤報」だったと認めて、それらの記事を取り消した。メディアでは日常的に起きうる間違いだから、意図的な「捏造」でなかったのであれば、事実関係を調査した上でもっと早く取り消すべきだった。

 私自身もつい先日、雑誌「Voice12月号」と著書「やっと自虐史観のアホらしさに気づいた日本人」(いずれもPHP研究所)の中に、口述筆記のミスに由来する誤記があると分かったので、訂正することになった。誤記を認識した直後から調査と対応を始めて、1週間も経たない間に処理が済んだ。

 この件について、なぜか朝日新聞の取材を受けたのだが、電話取材のときの記者の話しぶりの印象としては、我々の対応の素早さと手際の良さを誉める目的ではなさそうだった。わざわざ新聞に記事を載せるほどの話題ではないと思うのだが、もし掲載されるようならどのような記事になるのか、今から楽しみである。

 ところで、慰安婦問題に関する朝日の一連の記事は、「日本を貶めるための意図的な捏造だった」と主張する人が多い。ちなみに私自身は「捏造(故意)」か「誤報(過失)」かを問題にするつもりはなく、朝日の「誤報だった」という主張を受け入れている。その理由は、いずれであっても、発生した結果の重大性は同じだからだ。

 朝日の最大の問題は、結果責任を過小評価している点にある。故意犯ではなくても、過失犯としての責任は十分取らなければならない。ところが朝日はこれまでに、新聞の読者に対して誤報があった事実を謝罪しただけである。誤報をきっかけに日本人の名誉が傷付けられ、日韓関係の悪化にも繋がった事実は完全無視である。

 たとえるなら、F1ドライバーが過失から大事故を起こし、観客が巻き込まれて死亡したときに、マシンを壊したことをチームに対して謝罪したが、死亡した観客の遺族からの謝罪要求は完全に無視しているようなものである。

 自社の誤報という過失が原因で発生した重大な結果を、朝日は正面から受け止めて日本国民に謝罪すべきだし、それで失われた日本の名誉の回復のために、最大限の努力をするべきである。現時点で、朝日が日本の名誉回復のために、十分努力していると考える日本人は皆無だろう。

 私自身の話をすれば、「日本軍は朝鮮半島でたくさんの朝鮮女性を強制連行して従軍慰安婦にした」という話を、以前は深く考えることもなく信じていた。そして、それが誤報だったと理解したので、自分の間違いを認めた。

 実は数年前から、親しい友人が数回に渡って、「いわゆる従軍慰安婦の強制連行という話は全部デタラメだよ」と教えてくれていたのに、私は聞く耳を持たなかった。そのことに対する反省と自戒の意味もあり、現在は日本の名誉回復のために、最大限の努力をしているつもりだ。