西岡力(東京基督教大学教授)


評価できる外務審議官の説明


 2月16日、ジュネーブの国連女子差別撤廃条約委員会で、杉山晋輔外務審議官が、慰安婦問題に関する明確な反論を行った。

 〈日本政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を確認できるものはなかった〉

 〈慰安婦が強制連行されたという見方が広く流布された原因は、吉田清治氏が、日本軍の命令で、韓国の済州島で大勢の女性狩りをしたという虚偽の事実を捏造(ねつぞう)して発表したためだ。(これが)朝日新聞社により事実であるかのように大きく報道され、日本と韓国の世論のみならず国際社会にも大きな影響を与えた〉

 〈「20万人」という数字も、具体的裏付けがない。朝日新聞は通常の戦時労働に動員された女子挺身隊と慰安婦を誤って混同したことにあると自ら認めている〉

 〈「性奴隷」といった表現は事実に反する〉

 1992年以来、初めて外務省が事実関係に踏み込んだ反論をしたという点で画期的なものだった。その点は肯定的に評価したい。ただし、国連の場で吉田証言を引用したクマラスワミ報告への反論をしなかったことは惜しまれる。杉山氏は「誤解だと思われる点はさらに発信し、分からせる努力が一層必要だ」と語ったという。しかし、私は強い疑問を抱いている。

 歴史問題については当時の枠組みにおける事実関係で争わず、現在の価値観から遺憾の意を述べることだけを行うことが得策だという、20年、30年続いてきた外務省の基本方針には全く変化がないからだ。今回の杉山反論も肝心の外務省のウェブページに掲載されていない。

誹謗中傷の放置が得策?


 外務省が掲載したのは、事実関係に踏み込んだ反論は一切入っていない冒頭のステートメントだけだ。また、首相官邸の強い指導で〈「強制連行」は確認できなかった〉という記述を盛り込んだ書面回答も掲載されていない。繰り返すが外務省のウェブページのどこを探しても、事実関係に踏み込んだ反論は全く出てこない。

 安倍晋三首相は1月18日の参議院予算委員会で〈正しくない誹謗(ひぼう)中傷があることは事実だ。性奴隷、20万人といった事実はない。政府として事実でないとしっかり示していく〉〈(日韓合意で認めた軍の関与は)衛生管理も含めた管理と設置である〉〈日韓請求権協定で解決済みとの立場は変わらない〉〈戦争犯罪の類(たぐ)いのものを認めたわけではない〉と正論を主張した。

 首相が国会で「誹謗中傷に対して政府として事実でないと示す」と答弁しているのに、外務省は国際広報で全く取り上げていない。

 朝日新聞が吉田清治記事などを取り消した後である2014年10月に、外務省は慰安婦問題に関する新しい説明文書(日英)を作成した。驚いたことにそこでは、河野談話で謝罪し、アジア女性基金で償いを行ったとしか書いていない。その文書が今現在も、外務省のウェブページの慰安婦コーナーの先頭に置かれている。

 外務省高官らは国際社会の誹謗中傷を放置することが外交上得策だと今も内心、考えているのではないかと私は疑っている。外務省OBらは以下のごとく、慰安婦問題や南京事件で事実に基づく反論を政府が行うことを否定して、外務省のこれまでの姿勢を擁護している。

先にゴールポストを動かした日本


 ある外交評論家は、過去の価値基準に基づき過去の事実を評価することは学者に任せるべきであり、外交においては過去の事実を現在の価値基準に基づいて評価しなければならない、という趣旨の発言をしている。

 別の評論家は、事実関係ではなく過去に対する日本人の主観が焦点になっている、と発言し、元大使は、国際社会に過去を反省していないという不信感を植え付けるから、慰安婦の狭義の強制性はなかったという主張はすべきでない、と言っている。

 彼らは慰安婦問題で韓国政府がゴールポストを動かしてきたと主張する。しかし、外務省が事実関係で争わずに謝罪だけをしつづけてきたことで、先に日本がゴールポストを動かしたのだ。

 1992年、宮沢喜一首相が慰安婦問題で8回謝罪した直後に、私は外務省幹部に「権力による強制連行を認めて謝ったのか、貧困の結果、そのようなことをせざるを得なかった女性に人道的に謝ったのか」と質問したが、答えは「これから調べる」だった。国際社会では、謝罪すれば非を認めたことになるし、反論しなければ相手の主張を認めたことになる。

 国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)は1月に(1)「事実関係に踏み込んだ体系的歴史認識の国際広報」を担当する専門部署を外務省とは独立した形で設置(2)「わが国の名誉を守るための特別法」制定(3)国際広報における官民協力体制構築-を提言している。関係者の真剣な検討を望む。外務省の「歴史関連」分野にある慰安婦に関する外交政策一覧(同省ホームページより)
外務省の「歴史関連」分野にある慰安婦に関する外交政策一覧(同省ホームページより)