自分の家なのに庭に4つの杭が立てられてて、そこに汚染土がいっぱい埋められているという現実もあります。ついさっきまで親しかった大地が急に別の何かのように思えてくるわけです。触るな、手をつくな、みたいな。そんなふうに、汚染された土が削られて、削られたものがまとめられて、近づくなって印を立てられて。…例えば私たちはこんなふうに心にトゲが刺さったままなんです。仮設住宅の問題とか、補償の問題とか、生活圏外の森林は除染を打ち切るとか、そんなニュースを日々見ていると、どんどん苛まれている現実がある。不条理そのものです。
宮城かさ上げ工事が進む宮城県南三陸町=3月11日午後、宮城県南三陸町(松本健吾撮影)
かさ上げ工事が進む宮城県南三陸町
=3月11日午後(松本健吾撮影)
 もっと復興は時間のかかるものなんです。たくさんの人や家が津波で流されて辛い経験をした宮城の浜辺のある小学校。先生たちはなるべく子供たちに震災の話をしないようにしてきたそうなのですが、子供達が海辺に行きたいとある時に言いだしたそうなんです。子供達と一緒に海に行ってみました。辛い思い出しかないはずなのに、子供達はそこでやがて詩を書いたり作文を書いたりしました。先生は子供たちのおかげで私たちもやっと海に行けましたと聞きました。まだこのような段階。例えるなら何もない大地にちょっと芽が少しずつ出だした時なんです。それなのに様々な原発は、早くも再稼働に向けて進んでいる。さあいよいよ東京オリンピック…、オリンピックを決して否定しているわけじゃないですけど、さらに私たち日本人が乗っている一本の巨大列車は今、震災前よりもどんどんと加速していっているような気がします。

 最近に放送された討論番組で、東日本大震災の特集をやっていたんですけど。最後にコメンテーターが感想として「まだ原発の災害は終わっていないのです」と言って、締めくくっていらっしゃいました。驚きました。これって反対に自分たちの中では災害が終わっているという感覚の現れなんじゃないかって。私たちの感覚では今もなお有事の中にあります。

 このことについて悲しんだり、怒ったりっていう気持ちは我々にはおそらくないです。だけど、知って欲しいって気持ちはある。マスコミがどんどんと静かになっていったからといって解決しているわけじゃない。驚くほどの未曾有の震災があって、それなのにこの5年で意識は、原発の再稼働まで既にいっている。一年目、二年目は声を上げられたことが、今は声を上げられない。諦めて笑うしかない。そういう気持ちになっている。

福島県浪江町(撮影:川畑希望)
福島県浪江町(川畑希望撮影)
 言い方は悪いかもしれませんが、我々の間で「東京目線」っていう合言葉があるんです。東京目線っていうのは要するに上から目線ですね。物語の鋳型に当て嵌めないで、リアルタイムで実際に起きている本当のことを分かち合えるようなメディアであってほしい。最初の祭りは去ったのかもしれません。取材に来るメディアも減って、どんどん静かになって来ているし、5年という節目が過ぎると、さらに静かになっていくんでしょうね。今後はもっと内側から何か風を起こすというか、我々が自分達の力で発信していく努力をしていかなければならないと思います。

 僕は詩人として福島のために言葉を見つけたいと思う。福島を語る言葉だったり、福島の人の想いを象徴する言葉だったり、トゲが抜ける言葉だったり、言葉を見つけたい。それをみんなと分かち合いたい。そういう文化を発信していきたいです。(聞き手・iRONNA編集部 川畑希望)


わごう・りょういち 昭和43年、福島県生まれ。詩人、県立高校国語教諭。『AFTER』で中原中也賞。ほかの著書に『詩の礫』『ふるさとをあきらめない-フクシマ、25人の証言』『詩の寺子屋』など。3月9日に新刊『昨日ヨリモ優シクナリタイ』(徳間書店)が発売された。