なでしこジャパンがリオ五輪の出場権を獲得できなかった。

 誰がこの事態を想像しただろう? 多くの日本人が、なでしこジャパンは間違いなくアジア予選でリオ五輪出場権を手にすると思い込んでいたに違いない。もし案じていた人がいたとすれば、それは内情に詳しい関係者か当事者などごく一部だろう。
女子サッカー・リオ五輪アジア最終予選 日本対オーストラリア 
大儀見優季(左から2人目)らと話す日本・宮間あや(左端)ら
=大阪・キンチョウスタジアム 2月29日
女子サッカー・リオ五輪アジア最終予選 日本対オーストラリア  大儀見優季(左から2人目)らと話す日本・宮間あや(左端)ら =大阪・キンチョウスタジアム 2月29日

 現実は厳しかった。初戦でオーストラリアに敗れ、続く韓国戦にも引き分けて暗雲が広がった。第三戦、勝つしかない中国戦で先制を許し、懸命に反撃するも突き放されて1対2で敗れたとき、五輪出場の望みはほとんど断たれた。ベトナムには6対1と大勝したが、その試合が始まる前、中国が韓国に勝った時点で完全にリオ五輪出場の可能性は消えていた。

 敗北の最も大きな要因は、「チームの一体感の欠如」との指摘が大勢だ。サッカーは言うまでもなく、個々の力の足し算でなく、チームとしての化学反応が巻き起こった結果の「総合力」や「勢い」つまりは「プラスアルファのチーム力」だ。これをどう起こすかは、監督、中心選手のリーダーシップと信頼感、さらには時勢の運なども大きく左右する。5年前のW杯では、しばしば「奇跡」の言葉が使われたように、驚異的な「粘り」と「執念」がなでしこジャパンを世界の頂点に押し上げた。

 東日本大震災で被災した日本に、なでしこジャパンの勝利が希望の光をもたらした。そのような社会的背景もあのときはあった。まさに「プラスアルファの力」があっての勝利だった。

 今回は、監督と選手の信頼感の欠如、中心選手と若手選手の溝が指摘されている。

 大会後の報道を見ると、2012年のロンドン五輪で銀メダルを獲得したころから、佐々木則夫監督となでしこジャパンのメンバーたちの間には冷たい風が吹き始めていたという。実績的な意味でも「子ども扱い」が失礼でなかったなでしこたちが、2011年のドイツW杯優勝でいっぱしの「大人」になり、ロンドン五輪銀メダル獲得でさらに「超一流選手」のような存在になった。世間的には、佐々木監督の評価も急上昇し、2011年度のFAFA年間表彰式で、アジア人初のFIFA女子世界年間最優秀監督賞に選ばれた。だが、選手と監督の間の距離はW杯優勝前とはずいぶん変わってしまっていたようだ。

 変わったといえば、選手たちの意識も変わっていなかっただろうか? 5年前、「日本中に勇気を与えたい」と言い続けた、そして勝った。メディアの大半は、「なでしこ、勇気をくれてありがとう」と表現したが、私は「被災し、光を切望する日本中がなでしこに力を与えたのではないか」と感じていた。なでしこたちはどう感じていたのか? 世界での快進撃が続き、いつしかそのような感謝は忘れ、「競技者として一流である」という、そちらの意識ばかりが高まってはいなかったか。