室伏謙一(政策コンサルタント)

 2月26日、民主党と維新の党の合流による新党の結成が正式に合意された(ただし、合意文書である「民主党と維新の党の確認事項」にはあくまでも「目指すこととする」とされているが)。

 その目的とするところは、合意文書に基づけば、安倍政権の暴走を止め、政権交代可能な政治を実現すること、そのために理念と政策の一致を前提に野党が結集するというもの。そして、他の政党・会派等に対して幅広く結集を呼びかけるとしている。

 民主党と維新の党は、合流を前提に今国会より統一会派を組み、連携して活動してきているから、それを一歩前進させるということなのだが、もともと維新の党は「第三極」を標榜してきた人々の集まりであり、その主張・政策は、全てではないものの自民党でも民主党でもないものを中心に形成されてきた。

 例えば、公務員給与の引上げについては、官公労連を支持母体の一つにしている民主党は賛成だが、身を切る改革を掲げてきている維新の党は反対。しかし、統一会派結成後は、維新の党も賛成に回った。身を切る改革と言えば、前回の衆院選でポスターや政策集マニフェストに党のスローガンとして記載していたものである。それを統一会派、そしてその先にある合流・新党結成を優先して引っ込めてしまった。

 これは一つの例に過ぎないが、維新の党については、合流・新党となれば自らの主要な主張を曲げてしまうことにもなりかねない。「身を切る改革」をはじめとして、独自の政策を重視して維新の党に投票した有権者もいたわけであるし、自民党でも民主党でもない第三極だから投票した有権者もいたわけである。そうした有権者にどう説明するのであろうか?(そうなると、与党側からの「野合」との批判も腑に落ちてしまう可能性も大であろう)

 「理念と政策の一致を前提とした野党の結集」ということであれば、新党結成を急がず、最大公約数で共通政策を作り、先ずは国会活動での連携、選挙協力ということで、新党結成はそうした実績を踏まえた上でということでよかったのではないかと思えてならない(西欧諸国の政治状況を見れば一目瞭然でそれが常態なのだが)。

 さて、視点を変えて、民主・維新の合流、数の上から言えば民主の方が多いので、維新の党は事実上民主党に飲み込まれることになるだろう。今回の合流話を主導した維新の現執行部は民主党に近い議員ばかり。維新の党、特に、旧結いの党系の議員達、野党結集のためとは言え、溜まった鬱憤たるや少なくはないだろう。それが新党結成、新党としての活動と進めば進むほど溜まっていき、いつ噴き出してくるか。なんといっても旧結い系には、日本維新の会との合流時、日本維新側に、数を頼みに多くの部分で押し切られた苦い経験がある(党名では特にそうだ)。

 また、民主系主導の新党、そもそも民主党の中がまとまっていないところに、また異なる勢力が入ってくる。安倍政権という共通の敵がいるうちはいいが、鎹が内にではなく外にあるのでは、まとまりに欠けるというより、組織として、団体としては脆弱過ぎると考えざるを得ないだろう。
岩手県知事選に向けた記者会見を終え、手を合わせる(左から)生活の党の小沢共同代表、維新の党の松野代表、現職の達増拓也氏、民主党の岡田代表、共産党の志位委員長、社民党の吉田党首=2015年8月19日、盛岡市
岩手県知事選に向けた記者会見を終え、手を合わせる(左から)生活の党の小沢共同代表、維新の党の松野代表、現職の達増拓也氏、民主党の岡田代表、共産党の志位委員長、社民党の吉田党首=2015年8月19日、盛岡市
 こうした状況にも関わらず、民主系主導の新党が数を頼みに自分たちが優越的位置にいると思い込んで、他の野党に対して「上から目線」で野党結集を進めようとすれば、野党結集は躓くだろうし、かえって反対勢力を形成させることになりかねない。そうなれば、与党に対して漁夫の利を与えるだけである。

 そうしたことの結果、一番懸念されるのが、政治的無関心の蔓延である。与党も不祥事や不規則発言続き、アベノミクスの失敗が明らかとなり、向こう数カ月の我が国経済はどうなっていくのか不透明。一方の野党も国民の生活やその向上のための政策よりも党利党略に明け暮れていると有権者の目に映れば、政治に期待してもダメだ、与党もダメだが野党にも期待できない、ということになってしまうのではないか。

 可能性の話として勝手には書いているが、あながちありえない話ではあるまい。野党の結集がそんな結末をもたらすなど、あってはならない(対する自民党も、「野合」以外の批判もすべきであろう)。