山田順(ジャーナリスト)

 2月10日の朝、「とくダネ!」(フジテレビ系)を見ていたら、デーブ・スペクター氏が真顔でこう言って周囲の笑いを誘っていた。

「いまの『週刊文春』の編集長、かなりのやり手なので、彼がいる間はおとなしくしたほうがいいと思いますね」

 スペクター氏に指摘されるまでもなく、今年になってからの『週刊文春』のスクープは、他のメディアを圧倒している。ベッキーとゲスの極み乙女のボーカル・川谷絵音との「不倫」、甘利明前経済再生担当大臣の「贈収賄」、“育休宣言オトコ”宮崎謙介議員の「不倫」と、立て続けにA級ネタが炸裂しているので、他のメディアが霞んで見える。
不倫疑惑問題についての会見後に退席する宮崎謙介衆院議員=2016年2月12日午前、東京・永田町の衆院第2議員会館
不倫疑惑問題についての会見後に退席する宮崎謙介衆院議員=2016年2月12日午前、東京・永田町の衆院第2議員会館
 この状況に、「文春のおかげで週刊誌が活気づいている」「文春はよく売れている」と言う人がいるが、私の見方はまったく逆だ。なぜなら、いまの文春の活況は、週刊誌ジャーナリズムの危機的状況を現しているからだ。


 「文春の一人勝ち」の立役者は、言うまでもなく新谷学編集長である。彼が編集長になってからの『週刊文春』は、週刊誌の本来の使命、スクープ・スキャンダル報道を精力的に行ってきた。その結果、一般週刊誌(男性週刊誌4誌)のなかで部数トップを独走してきた。

 しかし、週刊誌全体では、女性週刊誌も含めて部数減は止まらない。一口に「出版不況」と言うが、この直撃をもっとも受けているのは雑誌で、とくに週刊誌はここ数年大きく部数を落としている。 2015年の1年間に国内で出版された書籍と雑誌の売上高は1兆5000億円台まで落ち込み、32年前の水準に逆戻りしてしまった。市場規模がピークだった1996年の2兆6563億円の6割にも達していない。とくに雑誌は前年比8.2%減で、週刊誌に至っては同13.4%減と、もはや部数減に歯止めがからなくなっている。

 したがって、このままいけば「やがてどこかが脱落(休刊)し、いずれ週刊誌はなくなるかもしれない」まで言われるようになった。

 こうした部数減の原因は、誰もが指摘するように、ネットやスマホによる情報空間の変質で、読者の紙離れが進んだからである。いまや情報は、紙で仕入れるものではなく、ネット(デジタル)で仕入れる時代になった。しかも、ネットにおいては「情報はタダ」というフリーミアム文化が定着してしまっている。

 となると、いくら週刊誌がスクープ・スキャンダル報道を続けても、部数は伸びず、リターンは得られない。もちろん、週刊誌を含めた紙メディアは、このリターン減をカバーするためにデジタル化にシフトするとともに、ネットのプラットフォームやニュース配信アプリなどへの記事の提供を行っている。しかし、そこから得られるリターンは微々たるものでしかない。

 その結果、文春以外の週刊誌はスクープ・スキャンダル報道からほぼ撤退し、最近は企画記事ばかりになってしまった。張り込み、裏取り、ドブ板調査、直撃など、スクープ・スキャンダル報道は、企画記事よりはるかにコスト(お金)がかかるからだ。

 しかし、本当の危機は部数減によって収益が減り、やがて週刊誌ビジネスが成り立たたなくなることではない。「週刊誌や新聞などの紙メディアがなくなっても、ネットがそれを代行してくれるから問題はないではないか」という意見もあるが、そんな単純な話ではない。

 なぜなら、現在のネットメディアには、新聞や週刊誌などの紙メディアの機能を代行する力がないからだ。つまり、本当の危機は、週刊誌に限って言えば、週刊誌がなくなることではなく、週刊誌が培ってきたジャーナリズムが失われることだ。