新井克弥(関東学院大学文学部教授)

 メディア(マスメディア)の劣化が酷い。いうならば狂牛病(狂メディア病?)=中身スカスカ状態だ。まあ、その原因はいくつかあるだろうが、インターネットの普及がその最たる要因であることは異論を挟まないだろう。ネット社会の出現によって、これまで普及していた諸メディアのコンテンツや機能が、ネットに奪われ、にっちもさっちもいかなくなっている。もはや一般人は新聞を読もうという気も、雑誌を買おうとする気も、ラジオを聴こうとする気も、テレビを見ようとする気も、どんどんと失せている。これらに積極的にアクセスするのは、インターネットリテラシーの低い高齢者だけだ。そこで、いわば「オールドメディア」は、苦し紛れに、こういった安定した視聴者、読者、リスナー層を確保し続けようと、コンテンツをどんどん高齢者向けにしていく。ただし、高齢者がいかに見続けてくれても、この世から真っ先に去って行く世代。そして、この高齢者層でさえも次第にインターネットリテラシーをそれなりに上げていく。だから、こんな「悪あがき」をやっていってもオールドメディアはジリ貧であることに変わりはない。

 そして、このジリ貧が現在負のスパイラルを展開する要因にもなっている。客が取れないから実入りが減る→制作予算が低下する→制作費や給与が引き下げられる→優秀な人材がネット産業などに流れる→コンテンツの質の低下を招く→さらに客が取れないから実入りが減る→高齢者に依存する→尻すぼみになるといった具合に、とんでもない悪循環が続いているのだ。
 で、ここで特に注目したいのがコンテンツの質の低下だ。もがくあまり、単なるスキャンダリズム、つまりイエロージャーナリズムや、第三者、もっというと素人による情報の流用という手段に出ていくのだ。で、とにかく儲かりゃ何でもやるというのが、今のメディアの図式なのだ。そして、ここにもネットの陰がちらつく。

 至近の例を見てみよう。

その1:甘利明内閣府特命担当大臣の辞任
URへの口利き疑惑によって甘利は大臣辞任に追い込まれる。この授受が存在したこと自体は事実なのだが、問題は、この事実がスッパ抜かれるタイミングだ。金銭の授受があったのは2013年のこと。それを文春が報道したのが今年の一月。これはメディアがよくやる手で、こういったスキャンダルネタを寝かしておいて、大臣になった瞬間報道する。このほうが明らかに注目度が高い。言い換えれば、注目を浴びるのでオイシイからだ。大臣になった瞬間、政治資金不正疑惑が出るのは、こういったイエロージャーナリズム的な心性に基づいている。大臣になって権力を獲得したから、突然「悪代官」に豹変したわけではない。

で、今回文春が、これ以上に悪辣なのが、すっぱ抜きがTPPの最中であったことだ。ご存じのように甘利はTPP旗振りの重要人物。ここで、甘利を引きずり下ろしたら、当然、TPPに大きな影響が出ることは確実(代わりが石原伸晃なら、なおさらか?)。これが、かつてのジャーナリズムだったら、さすがにこのへんは空気を読んでいたはずだ。つまり、TPPが一段落つくまでは報道を控える。いいかえれば、そんな余裕すらないほど、メディアは切羽詰まって自己中になっているということなんだろう。つまりメディアの劣化。