池上孝則(東京大学大学院助教)

 マラソン代表選考問題が今年も揺れている。かつては五輪開催年の恒例行事であったが、奇数年に開催される世界陸上、五輪の裏の偶数年に開催されるアジア大会でも物議をかもすので、今では年中行事ということになる。

 今回の福士加代子選手の問題は、アテネ五輪2004の代表選考のケースと酷似している。すなわち、東京国際女子2003で優勝は逃したものの日本人で断トツの一位であった高橋尚子選手が陸連の非公式な内定を受けて名古屋国際女子2004の出場を回避したところ、落選したという事件である。
第35回大阪国際女子マラソン、1位でゴールしたワコールの福士加代子=1月31日、ヤンマースタジアム長居(沢野貴信撮影)
第35回大阪国際女子マラソン、1位でゴールしたワコールの福士加代子=1月31日、ヤンマースタジアム長居(沢野貴信撮影)
 あの事件でも選考システムの不備が大いに議論されたが、今回もまた同種の事件が勃発したということは、少なくともこの12年間、陸連は適切な対策を講じてこなかったということである。

 最近の代表選考を振り返ると、混乱を極めた前述のアテネ五輪2004の後、北京五輪2008、ロンドン五輪2012と比較的平穏な選考が続いた。しかし昨年の北京世界陸上2015の女子マラソンの代表選考で、横浜国際女子2014で優勝した田中智美選手を外し、大阪国際女子2015で優勝したタチアナ・ガメラ選手から4分30秒遅れで3位の重友梨佐選手を選ぶという、マーベラスな選考を陸連はやってのけた。体操ゆか白井健三選手の「後方伸身宙返り4回ひねり」を遥かにしのぐ「斜方乱身でんぐり返り7回半ひねり」の超大技を見事に決めてみせたのである。

 今までにも物議をかもす選考は数々あったが、陸連の判断を支持する人が一定程度は存在していた。しかし、昨年の北京世界陸上の女子マラソンの代表選考を支持する人はほぼ皆無であろう。

 私は、毎年6月に東大で開催している「市民マラソンフォーラム2015」において「私も言いたい!マラソン代表選考かくあるべき!」と題するパネルディスカッションを緊急に企画した。その際、多様な分野からご参集頂いた登壇者がこぞって現在の選考方法に苦言を呈するのは当然としても、議論の最中に司会者が聴衆に対して当該選考に異議があるか否かを問うたところ、なんと参加者の全員が手を上げたのである。

 私は、「科学的見地から陸連の選考の間違いを断定できる世界で唯一の研究者」という立場から、代表選考から1週間後の2015年3月18日、陸連に対して公開質問状を送付した。その後、何度か陸連と書面のやり取りがあったが、陸連は代表選考の過程及び理由に関する質問には一切、答えなかった。質問無視を受け、陸連などの公益法人を所管する内閣府に対し、当該公開質問状に真摯に回答する旨の行政指導を求めたところ、内閣府はこの要求に応答しなかった。

 そこで、リオ五輪代表決定の日からそう遠くない先に、内閣府に対する訴えを提起する予定である。訴訟内容は、「内閣府が陸連の定款違反に対する行政指導を怠ったことの確認を求める行政訴訟」である。もし裁判所がこの訴えを認容し、内閣府が陸連に対して行政指導を行うことになれば、私から逃げ回っていた陸連を土俵の上に引きずり上げることができる。その時初めて、闇に隠れていた陸連の実体が暴かれることになる。

 なお、当該訴状およびその後の事件の経過に関する全文は下記の「ハートフルランナーズ」のWebサイトにアップする予定である。
Webサイト「ハートフルランナーズ」 URL:http://www.heartful-runners.co.jp/

 しかし、危惧する材料がないわけではない。裁判所が「行政事件訴訟法はこうした事案を予定していない」とか「原告適格を欠く」といった“寝技”を使って却下(いわゆる門前払い)する可能性も否定できないのである。そこで読者の皆さんには、当該行政訴訟が認容されて適式に裁判に係属するよう応援をお願いしたい。