THE PAGEより転載)
 大阪国際女子で五輪派遣設定記録(2時間22分30秒)を上回る2時間22分17秒で優勝した福士加代子(33、ワコール)が、代表確定をもらえないため名古屋ウィメンズにエントリーしたことで、陸連の五輪代表選考方法に対しての批判が相次いでいる。その中で大多数を占めているのが、なぜ選考レースが一本化されていないのかという議論。過去にも、日本マラソン界では女子のみならず、五輪代表選考において同じような騒動を繰り返してきた。

 女子では、最近、松野明美が当時の問題をぶりかえした1992年のバルセロナ五輪代表を巡る選考会が問題になった。世界陸上を2時間31分8秒で4位だった有森裕子か、大阪国際女子で2時間27分2秒のタイムで2位だった松野明美か、どちらを選ぶのかという議論が起き、松野が「私を選んで」会見まで開いたが、陸連の理事会の判断は有森。結果、有森が銀メダルを獲得して選考論議は静まった。

 アトランタ五輪の代表選考も、世界陸上と東京を勝っていた浅利純子はスンナリと決まったが、残り2枠を巡って夏の北海道を2時間29分17秒で優勝したバルセロナ五輪銀メダリストの有森か、大阪国際女子で2時間26分27秒のタイムで2位に入った鈴木博美か、名古屋を2時間27分32で優勝した真木和かの3人でもめた。だが、最もタイムが良かった鈴木が、陸連の「勝負に競り勝った優勝選手を記録より優先」という方針で落選となった。強いランナーが揃っていた時代は、五輪代表選考方法のあり方についての議論が起きたが、その度に出てくるのが“一発選考レース”の要望論だ。泣いても笑っても、そのレースの上位から3人を代表に選ぶというわかりやすい手法。だが、その実現は、簡単ではない。

 実は、過去に男子マラソンで一発選考レースが行われたことがあった。

 1988年のソウル五輪代表の3人を選ぶ選考方法がそれで、陸連は強化指定選手の福岡への出場を義務化、事実上、1987年12月の福岡国際が一発選考レースとなった。
昭和63年12月18日、第1回国際千葉駅伝を最後に現役を引退瀬古利彦(中央)を、ライバルであった中山竹道(右)が花束で労をねぎらった
昭和63年12月18日、第1回国際千葉駅伝を最後に現役を引退瀬古利彦(中央)を、ライバルであった中山竹道(右)が花束で労をねぎらった
 この時は、ロス五輪代表の瀬古利彦、圧倒的な強さを見せていた中山竹通、宗兄弟に、前年北京で日本新記録を1、2フィニッシュで樹立していた児玉泰介、伊藤国光、そして新宅雅也、谷口浩美ら世界で通用するサブテンランナー(2時間10分以内)がゾロゾロといたため、一発選考でないと決めきれなかったのである。
 
 しかし、大会12日前に“事件”が起きる。本命の一人だった瀬古が、左足腓骨(ひこつ)の骨折で一発選考レースを欠場したのだ。当事、中山の「俺なら這ってでも出てくる」という爆弾発言が物議をかもしたが、結局レースは中山が独走V。2位には新宅が入り、この2人は代表内定となったが、2時間11分36秒で4位(日本人3位)に入った工藤一良には内定が出ず、陸連はその年のボストンで優勝していた瀬古に“救済措置”を与え、出場予定だったびわ湖の結果を待った。瀬古はそのびわ湖で工藤より悪い2時間12分41秒で優勝。経験と実績を買われ3人目の代表に選ばれた。

 当時、この曖昧な選考に関しては、五輪出場が内定していた中山自身が批判を口にした。
 本来ならば理由がどうあれ、一発選考に向けて準備ができなかった時点でアウトなのが、フェアなルール。だが、陸連には「五輪に勝てるランナー」を送り出したいという意向が強く、選考に“幅”を持たせて、瀬古をごり押しした。結果的にこのソウル五輪での代表選考での失敗が、現在でも一発選考レースの実施に二の足を踏む“トラウマ”となっている。

 アメリカが全米陸上選手権を一発選考レースとしている例を出して「見習え」と声を大にしている人もいるが、マラソンに関してのアメリカのレベルの低さと、選手層の薄さを考えると、実業団が支えている日本の女子マラソン界とは土壌が違い、単純に「アメリカみたいに一発選考レース」という考え方も早計だろう。
 また、五輪との間には世界陸上があるため、これを選考レースと切り離すわけにはいかない。

 そして陸連が一発選考レースに踏み込めない“大人の事情”もある。
 陸連は、各大会の主催に名を連ねているが、レースの公認料を受け取っているし、またテレビ局と系列新聞社が軸となっている大会運営側も、五輪の一発選考レースが自社が主催する大会にならなければ、スポンサーの協力なども含めて大きな被害を被る。
 
 各大会は、陸連サイドの要望も手伝ってレースのレベルを上げ選手強化に寄与するため、多額の出場フィーを払って海外の有力ランナーを招待しているが、それらもすべて最も注目を集める五輪選考レースに向けての先行投資である。また国内の招待選手に関しても、「うちの大会に貴チームの選手をぜひ、お願いします」と、実業団幹部への“接待”、“スカウト合戦”が水面下で盛んに行われているのが実情。

 今回の女子の国内選考レースで言えば、さいたまが読売、日テレ系、大阪女子がフジサンケイグループ、名古屋ウィメンズが中日、東海テレビ系列となっている。
 つまり大会運営サイド(マスコミ)も、実は一発選考を望んでいないという背景があるのが実情で、なかなか一発選考レースの気運を盛り上げることもできない。
 
 また、その時々の国内の選手層やレベルによっても、一発選考の是非は変わってくるだろう。
 一発選考レースの実現が難しいのならば、選考基準を曖昧にせず、より明確に打ち出すと同時に、肝心の代表を決定する陸連の理事会を完全公開にしてみればどうだろうか。選考過程がガラス張りであれば、選手、関係者も納得するのかもしれない。おそらく福士は最終的には名古屋ウィメンズには出場しないだろうが、今回、ワコールが問題提起したことを、陸連は真摯に受けとめる必要があるだろう。